第63期 #3

穴を掘る

 ホームセンターで買った銀色に光る新品のシャベルを地面に突き立てる。雑草の根茎がぶちぶちと切れる音がする。足でけり、地面に食い込ませ、全体重をかけて、土を掘り返す。
 旧道から離れた、川沿いの未舗装道路に車を止め、エンジンをつけたまま、ライトで暗い河原を照らした。土手を下り、穴を掘った。
 真冬のような寒さだというのに、汗びっしょりになる。コートは脱いだが、そのあとにセーターも脱いで、長袖シャツだけになった。それでも、首筋に汗が流れおちた。直径一メートルの穴を手のひらほどの深さを掘って、息があがった。
 運動など、ここ十数年していない。こういうところで、体力の衰えが露呈する。しばらく、立ったままで大きく息をして、休憩をする。けれども、やめるわけにはいかない。夜が明ければ、通勤の車がここを通る。目撃されたら、アウトだ。
 深く掘るのはもう無理だ。周囲の土が崩れて、すぐ埋まってしまう。広く浅く掘ろうと方針を転換したが、今度は生い茂る雑草が邪魔をした。とはいえ、もう時間がない。
 地平線の向こうが、明るくなってきたが、人が横たわるぐらいの広さの穴を掘った。なんとか人が入る深さだ。だが、掘った土を積み上げたところが、目立つ。だめだ。掘り返したことがばれてしまう。
 時間がない。車のトランクを開け、手首をつかむ。まだ固くはなっていない。三歳児は軽く小さい。穴にちゃんと収まる。しかし、女はそうはいかない。
 脇のしたに両手をいれて、抱きかかえる。しかし、重い。穴を掘って体力を消耗したあとでは、なおさらだ。引きずるようにして運ぶが、土手の途中で転んでしまう。転がった女の背中を持ち上げ、やはり引きずる。穴まで到着するのにずいぶん時間がかかった。もはや空は明るくなっている。鳥が鳴き始めた。
 女と子どもをおさめるには、穴は浅かった。横向きにすると、女の肩が地面から出る。仰向けにすると、足が出てしまう。横向きにいれ、足を曲げ、子どもを抱きかかえるようにするのが一番おさまりがよく、そうする。
 掘った土を山にしたところにシャベルを差し入れ、土をかける。
 その瞬間。遠くの旧道を通るトラックの音が聞こえる。もうだめだと思う。土をかけたとしても、隠せない。もっと深く掘るべきだった。しかし、もう掘れない。
 私は、女と子どもの横顔を見て、涙があふれてくる。顔にかかった土を払い、ふたりの冷たい頬にキスをする。



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