第63期 #18
夜中、辺りを見渡しても何もない国道沿いをバイクで走っていると、一軒だけ明かりが着いている建物が目に入った。こじんまりとしたその建物に近づくと看板が見える。どうやらバーか何かのようだ。ちょうど休む場所を探していたのと、ついでに近くに泊まれる場所がないか聞きたかったので立ち寄ることにした。
その店には「SOMEBODY」と書かれた看板が出ている。どうやら店の名前らしい。中に入ると誰もいなかった。
「すいません」
声をかける。カウンターの奥から男が出てきた。「はい、いらっしゃいませ」どうやらマスターのようだ。まだ若い。料理とコーヒーを注文し、荷物を降ろした。
運ばれてきた料理を食べながら、マスターにこの辺に泊まれる場所がないか尋ねると、「こんな時間だから、どこも閉まっている」と言われた。しばらく沈黙が続いた後、マスターが質問してきた。
「一人旅ですか?」
「ええ、バイクで。自分探しってやつです、恥ずかしい話ですが」
マスターは笑いもせず、視線を落としたままグラスを磨いている。
「恥ずかしいことないでしょう。実は私も昔一人旅をしたことがありましてね、縁があって今、ここで働いているんですよ」
コーヒーを飲みながら相づちを打って、聞いてみた。
「見つけられたんですか、「自分」は?」
マスター少し笑って首を横に振る。
「私の場合、結局「自分」なんてものははじめからいなかったんですよ。今はここで働くということが自分の存在価値だと思ってます。何かの役割を誰かに与えられてそれに没頭する、誰かがやらきゃいけないこともあるし、いつまでも何者でもないというのは大変です」
しばらく会話が途切れた。
「……俺たちはみんないつかはスターになるんだ、ってテレビに教えられてきた」
コーヒーを置いてから、ゆっくりとそう言った。
「何ですか、それ?」
「映画のセリフですよ」
そう言うと、マスターは笑った。またしばらく沈黙が続いた後、マスターが言った。
「……良かったら、ここに泊まっていきませんか?」
「いいんですか? でも……」
「大丈夫、明日朝起きたら、私がいなくて、あなたがここで次に誰か来るまで働かなければならない、なんてホラーな話はありませんよ」
「何ですか、それ?」
「テレビの話ですよ」
店のソファを借りて眠る。少し何かわかった気がした。明日家に帰ろう、少しシミが付いた天井を見ながら、そう思った。