第63期 #19
壊れたギターを引きずりながら海岸線を歩く。
時折じゃらん、じゃらん、と調子はずれの音がギターから聞こえる。
どこまでも続く砂浜を、壊れたギターを引きずりながら歩く。
ひどく遠くに人影が見えた。
スキンヘッドで黒い服を着ていて、顔に五線譜のいれずみがしてあった。
「そのギター」
スキンヘッドが男に話しかける。
「そのギター、良いのか?」
「さあな」
「弾かせてもらっても良いかい」
「ああ、構わないぜ」
スキンヘッドはギターを受け取りペグを確かめたりした後、じゃらじゃらと弾いた。
「ひでえ音だな」
「そうだな」
「がらくただ」
「そうだな」
「これ、良かったら貰ってやるよ」
「いや、結構だ」
「そうか」
ギターを受け取り男はまた歩き続ける。ずるずると壊れたギターを引きずりながら。ずるずると何処までも続く海岸線。
波打ち際にピアノが置いてあった。長い綺麗な黒髪で、白いドレスを着た少年がその前に座っていた。
悪魔だ。
悪魔の前に男は立つ。
「いくらだ」
「手なら500、口なら800、バックなら1000」
「高いな」
「まあね」
「持ち合わせが350しか無い」
「そう。じゃあそのギターをくれない?」
「それは無理だ。これはビンテージものの名品で、何十年も前からいろいろなミュージシャンが使ってきたものだ」
「でも壊れてしまっている」
「そうだな。だがそれでもまだこれはギターだ。音だって出る」
「350で良いよ」
「そうか」
男のペニスを取り出し、悪魔はそれをしゃぶる。
ピアノの脇には大量のがらくたが置いてあった。スネアドラム。シンバル。シンセサイザー。コンピュータ。スピーカー。TVモニター。ギター。五線譜の男ががちゃがちゃとやりだした。
「ひでえもんだな」
悪魔の口の中で男は果てる。350を払い、男はペニスを仕舞う。
「ピアノ、弾かないのか」
「ぼくはラプラスだからね。ラプラスの悪魔だから」
五線譜の男とラプラスの悪魔と三人でコンサートへ行った。観客たちは熱狂的に叫び、踊り、手を振っていた。
巨大スクリーンには巨大な天使が映し出されている。がらくたに囲まれたピアノの前に座り、そして単純な旋律の曲を繰り返し繰り返し弾いていた。
海岸線を歩き続ける。葬儀の会場で、五線譜の男と再会した。タバコを一本もらう。
「ひでえ空だ」
雨が降っている。
ラプラスの悪魔の葬儀の日。
「ひでえもんだぜあの若さで」
今日はラプラスの悪魔の葬儀の日だった。