第63期 #14

擬装☆少女 千字一時物語18

 事故や犯罪を、自分とは関係のないものと思ってはいけない。
 室内干しでは洗濯物が乾かない冬、アパートの軒下に干していた俺の女装用ひと揃えが、夕方にはハンガーを残してなくなっていた。気落ちしてへたりこんでいると、隣室の由香がいつもどおり夕食をねだりに飛び込んできた。目の前まで近づいてようやく力なく首を上げた俺の表情を覗きこんで、やっと由香は俺の異常に気がついた。

「できたよー」
 冷蔵庫に残っていた野菜などを煮込んで珍しく由香がカレーを作ってくれた頃には、三日月はすでに西の彼方に沈んでしまっていた。
「いただきます」
 催促する由香には敵わず、一口いただく。意外と美味いじゃないか。思わず顔を上げると、由香が嬉しそうに目を細めた。力のないものだが、俺にも笑みが浮かんだ。そんな俺に安心したのか、由香もスプーンを手に取った。

「でもさー、何で女のあたしじゃなくて男のあんたのとこから盗ってくんだろー。変じゃね?」
 いつもビールを欠かすことはない由香の差し入れで、二階の慶一も巻き込んで飲み会が始まった。
「お前は服だけ見たら男と変わりないだろうが」
 由香も慶一も俺の女装のことを知っている。このような場はその品評会になることが多く、今回もご多分に漏れなかった。
「じゃー持ってきてやろーじゃん」
 アメカジ系しか着ない由香が用意してくれたのは、プリントTシャツ、チェック柄長袖シャツ、ブルージーンズとボア付きブルゾンだった。女性にしては背の高い由香が着ると格好良いのだが、
「あはははは、子供っぽーい」
「わかっただろ。って言うか、お前笑いすぎ」
 俺が着ても背の低い男の子にしかなれない。面白くない俺は、半分ぐらい残っていた缶を一気に飲み干した。それに喝采した由香が後に続き、しばらくは三人でかなりのペースで飲み続けた。慶一が白旗を揚げた時点で飲み会は終了となり、俺は借りた服を由香に返そうとよろよろと立ち上がった。
 その時だった。相当に酔っていた俺は、ブルゾンのボアをどこかに引っ掛けて破り取ってしまった。その音に由香も慶一も振り返り、酔っていて加減のできなかった三人は、広くもない部屋に近所迷惑な悲鳴をこだまさせた。
「ごめん」
「いーよいーよー。金額分は着たしねー」
 酔いもすっかり醒めてしまった俺とは対照的に、由香は俺の肩を叩きながら大笑いしていた。
 やはり、事故や犯罪は自分とは関係のないものと思ってはいけない。



Copyright © 2007 黒田皐月 / 編集: 短編