第63期 #12
歩いていた、私は。歩いていた、路地を。夜と、闇のけむった路地を。
ゆれていた、月が。触れると、溶けて、消えた。風が立ち、甲高い笛の音を運び、目を戻すと、月が、またそこで、揺れていた。雨のあがった、まもなくのことだった。
目の前の入口にさがっていた布がめくられ、アムネスがそこだけ浮かびあがっている目を細めて僕の手をとった。「遅かったのね。食事にしましょう」
食後の酒を一杯飲み干してから、僕はアムネスに言った。
「飛んで帰ってきたんだ」
「いいのよ。こうして会えたんだから」
「それで、どこに」
「わたしは言っていた通り、あの大木に一番近い墓に埋めてもらった」
「ペドロ」と、僕の祖母だと名乗る老婆は言った。
「フアンです」
「うるさい。あんたの父親の名前だよ。もう会ってきたのかい」
「父は僕が生まれる前に死にました」
「酒場で飲んだくれてるよ。会っていきな」
「母さんは」
「あの人は、どこか遠くへいってしまった」
「とっとと出ていくんだ」と、ペドロは言った。
「はい。アムネスの葬式をすませたら働いている街へ帰ります」
「給料はいいのか」
「生きていくのがやっとです」
「これをやろう」
「なんです」
「母さんに返してやってくれ。おれと別れたがっていた」
「居場所がわからないよ」
「なに言ってる。アムネスがお前の母親だろう」
「母さんは」
「さっきふらりと出てったよ」
「どっちに」
「酒場のほう」
「そう」
「指輪、しないのかい」
「その花をもらうよ」
「しおれてるよ」
「いいんだ――あんた、死んでるんだろ」
「みんな死ぬのさ。でも、それで終わりじゃないんだよ」
「さっき気がついたんだ。おれも死んでいたんだな」
「本当は誰が生きていて誰が死んでいるかなんて、誰にもわからないものさ」
月が欠けている。赤い花は青い花に、笛の音は狼の遠吠えに、散りそそぐこまかな滴が、欠けた月をやがて大地にもたらす。
陽は昇らない。夜と闇が立ち籠めて私たちを放さない。口にするものは循環しない。断ち切られているから、境界は生まれない。
気づいてしまったから、この歩みはもう――どこへもいかない。