第62期 #10
ニルヴァーナでウェイティング的なことを書いたつもりかもしれないしそうではないかもしれない、文意の不明瞭な書置と赤い携帯電話を残して二日間行方知れずの従兄を捜して、その日七件目の電話を西川靖史氏にかけると、機嫌のあまり良くなさそうな女に繋がった。
「もしもし? コウちゃん?」
従兄の名前は康広だったが、女が電話の持ち主を何者として登録しているのかはよくわからなかった。
「もしもーし」
「すいません、この電話の持ち主の方を捜しているんですが」
「えっ? あ、はい」
「うまい連絡方法をご存知ありませんか」
それまでに、三人がその携帯以外の連絡先は知らないとひどく邪険な調子で言い、二人が勝手にあれこれ教えるわけにはいかないので本人からの連絡を待てと糞の役にも立たないことを言い、一人が聞いた覚えのない言語でしばらくまくしたてた。六球続けての空振りの原因としては、従兄の日頃の行い、個人情報の保護に関する法律、私の話術等、いくらでも候補を挙げることができた。
「うーん、携帯の番号以外は知らないと思いますけど。何かあったかな……」
カバンの中身をかき回すような音が聴こえた。いい加減飽きがきていたので、ベース寄りに一歩踏み込んでみることにした。
「失礼ですが、あなたはキャバクラか何かにお勤めですか」
L字型のソファーの斜め向こうからじっとこちらを見ていた耳の悪い叔母に向かって小指を立てて、唇を読まれないように細工したつもりだったが、彼女が露骨に顔をしかめた以外には、効果のほどはよくわからなかった。
一瞬と呼ぶには少し長い間の後、電話が切れた。
発着信履歴から適当に選んだ七人に正午過ぎから電話をかけていくと、ちょうどテレビに出ているはずのアイドルグループのリーダーばりに気怠そうな声をした七人の女が出た。従兄は高給取りではなかったはずなので、失踪の原因は金か女かその両方のように思われた。
結論がそんな退屈なものならわざわざ人を不快にさせるような電話をかけて回る必要はなかったのにと思いつつ、テーブルの上のメモ帳にあらかじめ書いておいた《警察》の二文字を丸で囲った。叔母は何かを言いかけてやめて、両手で顔を覆った。まだツーアウトとワンストライクだったな、などと考えていると、メールが届いた。
今月の請求金額を告げるそのメールは、まるでこうなることを知っていたかのように、誰に宛てたものとも書かれていなかった。