第61期 #5

とうめいにんげん

ある所に、透明人間になりたい男の子が居ました。

まだ幼い少年が透明人間になりたいのは、不純な動機があるわけではありません。
ただ、なってみたかったのです。

ある日、一人っ子である少年が、自室でベッドに寝そべりながら、その上お菓子を頬張りながら、漫画を読んでおりますと何所からともなく声がします。

「おいおい君、両親が共働きだからって行儀が悪すぎやしないかい。」

少年は、驚いて辺りを見回しましたが、誰も居ません。
突然、電撃の如く少年は察し、口から驚きの声が溢れ出ました。

「透明人間さんだ!僕を透明人間にしてよ!」

返事はありませんでした。
しかし少年は、透明人間が居ると疑いませんでした。

数分の後、透明人間がベッドに座りました。

「行儀良くしたら、透明人間にしてあげるよ。」

実に急な展開でしたが、少年はすぐにベッドの上で正座しました。
まだかな、まだかな、とそわそわしていました。

ベッドの沈み込みが、少年の前まで移動してきました。
そして、両耳の辺りに、何者かの両手が押し当てられる感覚がありました。
何やら、耳の奥がムズ痒くなり、意識が薄れてきました。
しかし、そういった不快感はすぐに消え、透明人間の声がしました。

「わっ、もう体が薄くなってる!」
「これから段々、君は完全な透明人間になっていくよ。」
「まだ不完全なの。」
「そう。あと一時間ぐらいで完全になるよ。」
「今と完全な透明人間て、何が違うの。」
「眼が見えなくなるよ。」
「えっ!」

そう、完全な透明人間の眼は、光を捉えられないのです。
こうして少年は、文字通り誰も見ることができない存在になったのでした。



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