第61期 #20
これは私がまだ物心つく前の話。それは父方の祖母の家でのことだった。その祖母の家は古い造りの家であったが、縁側から庭に出ると、様々な植物がぐるっと家を囲むように存在し、庭が広かったため、手入れの行き届いていない裏庭は、私の背丈くらいの草が伸び放題で、まるで迷路のようであった。反対側の庭とは違い、裏庭は不気味なくらい静まり返っていて、草をかき分けていくと1本の大きな松の木が生えていた。この話、実際に私の父方の祖母の家には裏庭も含め、広い庭はあったのだが、私が物心つく前の話であり、夢と現実を混同した部分もあるのではないかと今では思う。話を元に戻す。
松の木の下に一人の男が立っていた。派手な着物姿であったが、髪は乱れて、疲れきった顔をしていた。男の目を覗き込んでも、深い影が覆い、空洞のように見えた。男は私に言った。
「だいちょうをもやしてくだせぇ」
私が「だいちょー?」と聞き返すと、男は再び「だいちょうをもやしてくだせぇ」とだけ言った。私はようやくこれが「ゆーれい」だということに気づき、急いで引き返したとき、「おねげぇします、だいちょうをさがしてくだせぇ、さもねえとあっしのたましいはずっと……」背中ごしに聞こえた。この話が夢であれ、現実であれ私はこの「たましい」という部分がはっきり聞こえたのを覚えている。
それから私がこの話を祖母にすると、祖母は「悪い夢でも見たんじゃろうて」と笑っていたが、私が「たましい」と口にすると祖母は少し引きつったように驚いたことを私は覚えている。
そして十数年後、祖母の三回忌の席で、私はこの家が江戸時代、高利貸しであったという話を少し酔った父から聞いた。「じゃあ何か残ってないの?」と聞くと、父が子供の頃には担保に取った刀や骨董品がまだあったと話してくれた。「台帳とかは?」と私が聞くと、「見たことねえな」と父は言った。
父の話によると、担保にとった品々は大分昔に処分してしまったらしい。もちろん私が生まれる前だ。しかし、私が見た男が言っていた台帳はどこかにまだあるのだろうか。そのことと、男が「たましい」と言ったことを父に聞いてみたかったが、やめておいた。
あちこちにぼろが出ていたこの家はようやく取り壊されることが決まったが、久しぶりに見た裏庭の松の木は、誰も手を加えていないに関わらず、奇妙なほどその葉を生い茂らせていた。