第61期 #19
片田舎の繁華街、塾への道を急ぐ俺の視界に、派手な身なりでだらだら歩く女の姿。母の葬式に涙一つ零さず、「つまんない人生」と切って捨てた女。母の十歳下のこの女が、俺の叔母であることが耐えがたかった。
「あんたみたいな子供の世話に明け暮れて死んじゃうなんて、馬鹿みたい」
叔母は母を侮辱した。
「あら、真一、お久しぶり。何年ぶり?」
「二年ぶりですね、母が死んだ時以来ですから」
「そんなになるの?早いものね。あんたもオトナになったかしら?」
「未成年なんで世間的には子供でしょうね」
「いいわね、未成年。そういう逃げ道があるってうらやましいわ」
「そういえば叔母さんの弟さんのことだけど」
「はあ?何言ってるの?私はあんたのお母さんと二人姉妹でしょうが」
「そうですか、以前男の人と二人で歩いているのを見かけたんで」
「あんた馬鹿ね、普通そういう時って恋人だと思うものよ」
「だけどその男の人が、あそこへ若い女の人と仲良く入っていく所を毎週見かけるんで、そちらの方が恋人かと思って」
俺はそう言うと、いかにもいかがわしい繁華街の一角の派手なホテルを指差した。叔母の顔から見る見るうちに色が消えていく。
「あんた、何言っているかわかってんの?」
「さあ?未成年ですから」
言い捨てるとそのまま叔母を置き去りにした。俺は暫く平静を装って歩いたが、ついに我慢できなくなって、周りが訝しがるのも気にせずその場で声を上げて笑い出した。馬鹿な女。男がいなくちゃ生きられない。あんな馬鹿を、俺が相手にする必要なんてないんだよ。
萩が咲く家路。母が死んだ十三歳の秋も、こうやって風が花を揺らしていた。十六夜の月が、俺の感傷を後押しする。ぼんやり灯る門燈の下の、ぐるぐる円を描く虫を払って戸を開けた。
玄関には父の革靴と、見慣れぬ赤いハイヒール。二階からかすかに聞こえる、物音。
俺は一段一段ゆっくりと階段を上る。心臓の音が鼓膜を打つ。手のひらが汗ばむ。かつての母の部屋の襖は、開いていた。
文机に置かれた月下美人の鉢ががたがたと音をたてている。叔母の裸の足が父の腰にからみ、白い腕が蛇のように首へ巻きついている。激しい息遣いの中、「もっともっと」と上擦る声の間で、叔母が俺を見た。
背を仰け反らせ嬌声を上げながら、視線を俺から外そうとはしない。
胃の底をねじりながら喉の奥がせりあがる。叔母が俺を見ている。
その白い腕。その強い香り。月下美人。