第61期 #14

空が見えない

 高架の鉄道は久しぶりに青空の中を走っているというのに、つり革の革の部分を左手で握る僕には、トーキョーに広がる灰色の住宅街しか見えなかった。蒸し暑さの中、僕は密閉型のイヤホンをつけ、こんな気分にあった曲をたった1Mの容量から探した。
ふと現れた虚無感を忘れさせてくれそうなその曲は、高校に上がって、初めて買ったアルバムというものの中に入っていた一曲だった。
 受験戦争やらで、塾とやらに行かなければならなくなった僕は、高2の冬辺りから都合上自転車を使うようなり、オレンジ色の電車とはお別れをした。大学へもまた自転車で通う予定だったので、空しか見えない退屈な電車を早くも今年の4月からまた使うようになったのは、皮肉にも僕が大学受験に失敗したからだった。
 高校になってから急に身長が伸びた僕は、高1あたりで頭打ちとなった周囲を尻目に準トップ級の背丈となり、それが話題となる度に苦慮した。その手の羨望のあとに僕はどう返せばよいのか困った。
 高3の身体測定では、前の年よりもさらに4センチ伸びていた。周りには縮んだ人もいるほどで、自分自身が話題であることには優越感があるものの、どこかで疎外感も感じていた。
 それ以来身長を測っていない。僕は何センチ伸びているのだろうか。大学で身体測定でもやれば、分かるのだろうけれど。
 頭の中で鳴り続ける音楽は、楽しい高校時代を思い出させる。あの頃は、バスケ部にいて、今頃は文化祭の準備で盛り上がって、だがしかし、今の僕にはそんなものは存在しなかった。
 電車の窓は、確実に低くなっていた。僕の目線はもはや下半分の世界しか見ることが出来なかった。灰色の住宅地がどこまで行っても無機質に広がる。
 タカオまで行けば、山が見える。小学生の頃、家族でハイキングに行ったのを思い出した。終着駅に行くのは、それ以来になる。それが僕にはひと時の幸福だった。軽快な音楽の中で僕は笑顔を浮かべ、おぼろげな思い出から幸福を紡ぎ出していた。
 しかし、僕はわざわざタカオまで行く気にはなれなかった。体全体から感覚を得れば、足は疲れていたし、トイレにも行きたかった。しかし何よりも、無機質な風景のせいだった。見ているのが耐えられなかった、タカオまでずっと続くのかと思うと。
 結局僕は途中で降りた。冷房の世界を出ぬまましてゲーセンがあるだろう。音楽はもはや諦観の響きでしかなかった。そして空は見えなかった。



Copyright © 2007 ろーにんあきひろ / 編集: 短編