第61期 #12

擬装☆少女 千字一時物語16

「僕、奈津美お姉ちゃんのこと、大好きだよ」
「ふふ、今ののりちゃんは女の子だから、『わたし』ね」
「じゃあわたし、奈津美お姉ちゃんのこと、大好きだよ」
「ありがと。私も大好きよ、のりちゃん」
 照れることを知らない無垢な子供の笑い声が、そこにあった。

 のりちゃんは二軒隣の家のふたつ年下の男の子で、物心ついた頃からいつも一緒だった。男の子なんだけど、小さい頃は異性だなんて考えもしなかったから、三人姉妹の末っ子の私にとってのりちゃんは妹みたいな存在だった。一緒に遊ぶことは当たり前。お姉ちゃんが私にしたように、私のお下がりをのりちゃんに着せることにも、何の疑問も持たなかった。私のお下がりを着たのりちゃんは本当に可愛くて、私はお姉さんぶって、これもお姉ちゃんが私にしたように、のりちゃんに女の子らしさをいろいろ教えてあげた。
 のりちゃんは聞き分けの良い妹で、私はそんなのりちゃんが何よりも大好きだった。そんなのりちゃんが私のことを大好きと言ってくれることが、何よりも幸せだった。

 しかし時が経つに従って、私の当たり前は当たり前でないことがわかってしまった。男の子に女の子の服を着せることも、男の子と女の子が一緒に遊ぶことも、当たり前のことではなかったのだった。
 そのことでのりちゃんはときどき苛められるらしい。そう聞くたびに、私の胸はしくりと痛む。

「そう、大変だったね」
 俯くのりちゃんの頭を、私は優しく撫でる。
「わたし、奈津美お姉ちゃんのことが大好きなの。それじゃ、ダメなのかな」
 こんなに私を好いてくれるのりちゃんを泣かせているのは、他の誰でもない、私なんだ。だけど、
「私ものりちゃんのことが好き。だから…」
「うん、…うん」
 こんなに私が好きなのりちゃんがいなくなってしまうなんて、考えられない。だから、
「だから、泣かないで。今日はのりちゃんにこれをあげたかったの」
 私はのりちゃんの左手を取って、昨日作ったビーズのブレスレットをつけてあげた。ピンクを基調として、ところどころにある大きめのハート型がアクセントになっているそれは、のりちゃんに着せたリボン飾りの可愛いシャツとフレアのティアードスカートに良く似合っていて、こんなときなのに私は会心の笑みを漏らしてしまった。それを知ってか知らずか、のりちゃんも笑顔を返してくれた。
 悪い姉でごめんね。言えない言葉は胸にしまい、私は今日も至福に浸ったのだった。



Copyright © 2007 黒田皐月 / 編集: 短編