第60期 #25
北に行けば、忘却。南に行けば、楽園。西に行けば、開拓。世界はそういうふうにできている。では東に行けば……。
地図を見ながら、男は考えていた。男が立っている荒野の十字路はどの道も先には何も見えない。太陽は真上にあり、じりじりと地図を覗き込む男の背中を静かに焦がしている。旅の目的もなく、どこに行くべきか男は悩んでいた。どこに行くのも自由、旅とは本来そういうものだ。
男が水を飲んでいるとき、遠くから車のエンジン音が聞こえてきた。車の姿がだんだんと大きくなり、男の近くでスピードを落とすと、通り過ぎることなく男の側で止まった。
車から馬が顔を出し、男に話しかけた。
「お困りかい?」
「どこに行こうかと思ってね。ここはどこなんだい?」
「ここはご覧の通り、何もない荒野さ」
車は男がこの十字路にたどり着いた道とは反対の道から来た。コンパスでは西になる。西から来た車に乗った馬。
「君はどこに行くんだ?」
男は馬に聞いた。
「東さ。家に帰るんだ」
男は来た道を振り返った。男は東から来たのだ。
「そうか、ところで、この先には何がある?」
「この先だって? お前さん、西に行くのかい?」
馬は少し笑って聞き返した。
「そうだ、何がおかしいんだ」
「いや、それを言っちまったら野暮かと思ってね」
「何がだ?」
男は少し眉間にしわを寄せて聞き返した。
「西に行くんだろ? だったら自分の目で見てくるといい。旅とはそういうもんだ。昔から言うだろ、北には酒場、南には女、西には宝……」
「そんな話あるのか?」
男は自分の考えを当てられた気がして驚き、馬の話を遮って聞くと、馬はまた少し笑ってから答えた。
「嘘さ。俺が勝手に作ったんだ」
馬は車のエンジンをかけた。
「まあ、そういうことだ。良い旅を」
車が走り出そうとしたとき、男が慌てて聞いた。
「待ってくれ。さっきの話、東は何だ?」
馬はニッと笑っただけで答えなかった。そのまま車は走りだした。
呆然として車を見送っているとき、男は気づいた。東は旅の始まり。男もそこから来た。そして旅の終わり。旅は東で終わる。男は馬が言ったことを思い出して、振り返った。
「東には……、故郷か」
男はそうつぶやくと、地図をしまった。