第60期 #22
汚れた犬の死体。地肌の路面。砂に擦れた日光。この国ではどこにいってもカレーのスパイスの匂いがするようです。
別の犬が寄って、すん、すんと鼻を上げるのは、確かに悼んでいるのです。汚れて黄色じみた白犬は、手を出して死体の頭を撫ぜました。永遠に白磁のその指先。
白犬は不意に歯を剥き出して、首を曲げて震わしました。熱気を吐き出すように大きく口を開けると、その牙がそっくり、入れ歯のようになって地面に落ちました。
日光はじりじりと胸を焼きます。私は肩に掛けていた上着を手に持ち替え、帽子を被り直しました。
黒人の少年がやってきて、石を投げつけました。キャンと鳴いて犬は横様に飛びのき、逃げていきました。少年も直ぐにいなくなりました。
私は近寄って、白犬が噛みつけていった歯を死体から抜きました。ぐず、と傷口が鳴りました。私はびろうどのハンケチを取り出して、丁寧にそれを拭いました。
とても魅力的な歯でした。私はその牙を自分の口にはめてみました。彼らの憂いが、私もまた、死者を食らうべきなのだと答えたようでした。
しかしそのまま噛み付く事はできませんでした。犬の血に、私の喉はどう反応するでしょうか? 怖かったのです。
私は口から犬の歯を外して、死体の首筋に噛み付けました。力を込めると、ぶつっという弾力のある感触がして埋まりました。
二日後の午に同じ場所を通りました。死体は大層だらしがなくなっていて、あちこちに歯型が付いていました。腐臭もどこか砂を漉したようなのです。
膝まづいて犬の腹を撫でると、固まって黒くなった血が掌に障りました。
私は傷口のひとつに指を突き込み、熱を失った組織を掻き回しました。指先を鉤にして、腹の皮を裂き、赤黒い臓器を玩びました。
私はハンケチを取り出して手を拭いました。麻のハンケチです。犬は内腑までが晒されて、表面は乾び、蝿が次々と纏わりつき、どこを取っても汚く、それはやはり何度見ても、ひとつの死で、肉で、土で、私の生であり、私の犬でした。
雨が降ればいいのに、と私は思いました。太陽が照って、空気は黄色いようです。
私は立ち上がってまさぐり、犬の周囲に小便を掛けました。
遠くで車の騒音は止まず、近くで地面が小便を撥ねる音が途切れず、実際何一つとして、足りていない所はありませんでした。
黒く汚れて転がっていた白犬の歯を、私は二つに割って打ち捨てました。