第60期 #21

「人がゴミのようだ」と彼の人は云いました。

電車の中の密度が一気に減っていく。県庁前に電車が止まった証拠だ。
私の通う大学は家から電車を乗り継いで90分ほど行ったところにある。
世間から見たレベルとしてはかなり下のほうだろう。古い言い方なら下の中といったところか。
かたや私の受けた第一志望は家から自転車で10分。
落ちてよかったと最近私は考えている。
30・40代の男性や女性たちが、列を成して電車から降りようとする現場。
ある日この風景を見ていて、そう考え始めた。
もし私が家の近くの大学に行ってしまったなら、こんな光景を見るのはもっと先だっただろう。
いや、もしかしたら見る機会も無かったかもしれない。
社会人となって、いざ働き始めたときには自分はもうその列の中だからだ。
だから私はその列をじっと見つめている。
2列に整列してエスカレーターを降りる人たちの先、駅を出て県庁へと至る大きな横断歩道に100は容易に超えるスーツ姿がひしめいている。
そして信号が青に変わった途端、彼らは横断歩道を同じようなペースで渡り始める。
駅のホームが2階の高さにあるからこそ、よく見ることができる。
そうして彼らが歩いていく先には、他の建物よりもやや高く、広くそびえる県庁。
そんな姿を見て、私はふと思った。

まるで、蟻と獲物のようだと。

大きくそびえる県庁はケーキ、向かっていく人たちは兵隊蟻。
各人の女王の意思の下に、働き、稼ぐ。
ただ忠実に中で仕事をこなし、そして長い時間働いて巣へと帰っていく。
そんな風に見ると、人という生き物がどこか滑稽に思えた。

無論私がそんな想像をしているなんて露知らず、今日も兵隊蟻たちは群れを成して獲物へと進んでいく。
大学までは後3駅。しばらくは人であり続けるつもりの私は、いずれは自分もそうなるという事への思いもさして抱かずに、今日の講義に備えて仮眠をとることにした。



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