第60期 #2

大きな三角定規

絶対安全なものしかない座敷牢でそれを見つけました。畳の下に挟まっていたのです。なんで畳を引っぺがす気になったかなんて聞かないでください。それは何で自殺しようとしたのかと同じくらいくだらなくて疲弊する質問だからです。
それは錆びてもいず、私が手に取ると薄暗い部屋の中で唯一きらっと凝縮された光を放ちました。
さて私は今度は唯一壁紙がはがされたコンクリートの壁で、二つある鋭角のひとつをがりがり擦ってとがらせ始めました。なぜかと問うようなやつはまぬけです。私はよほどまともな公共放送のニュースでも言葉使いに虫唾が走るタイプの人間なので、そんなことは聞かないでいただきたい。
さてそれを弐万回ばかり擦りつけた頃、ようやっとその鋭角はだいぶ尖ってきて、こんなに同じことをずっとやったのが久しぶりだったからに違いないでしょうが、少し変な感慨が湧いたのです。
私は人間の皮膚を剥いできれいに開くと三角になるという話を思い出しました。人の皮をこの三角で剥いで三角にする。なかなか面白い冗談ではないかと思われました。剥ぐ人は誰でもいいのです。でも母親はいやだなと思ったのは母親の肌が汚かったからです。
しかし問題は、三角ですから正しいところを切らずに間違ったところで切り開いてしまうと、皮は三角にはならず、不細工な四角になり全く意味がなくなってしまうということでした。
私はさらに考えて、やがて腹を縦に裂くか背中を裂くかどちらかだというところで行き詰りました。いったいどちらにすべきなのか…。間違うと菱形のできそこないみたいなのができるだけです。
私は頭の中でポリゴンの人間の形を作り平面に展開してみました。しかしおかしなことにお腹で切っても背中で切っても三角になるのです。道理に合わないので、どこかで間違えたはずなのですがいったいどこで間違えたのか何度やり直しても見当もつかない。それどころか適当にでたらめなところで切り開いて展開してみても三角になるので、これはもう本当に訳がわからなくなりました。指の先から螺旋状に裂いても三角になるのです。
私は思いつくかぎりの方法で人間を展開してみましたがどれもこれも三角になるので、とうとう鋭角は之までにないほど尖り、むしろマンションの壁のほうが手抜き工事のせいで耐えられなくなり穴が開く始末。やがてやっと人が通れるくらいの穴があいたので私はそこから脱出して墜落し、つぶれて死んだのでした。



Copyright © 2007 藤舟 / 編集: 短編