第60期 #1

四十五円

「ちょっとさ、五円もってない?あったら借してよ」
そう聞かれて、僕は後ろを振り向いた。
「あるけど…なんで?」わずらわしそうに答え、五円を取り出し、そいつに渡した。質問に答える事もなく、五円を受け取ると、サンキューといい、そいつは小銭を賽銭箱に投げ入れた。
僕と友達のミツオは、学問の神様を祀っているという、有名な神社にわざわざ願い事をしにきたのだ。あの高校に入れますようにと…。「やっぱさ、賽銭が肝心なわけよ。」帰り道、アイスを食べながら、ミツオは自慢げに語りだした。「オレは、四十五円いれたぜ。始終御縁がありますようにってな。」借りたお金でもいいのかな…そう思ったが、あまりに得意そうな顔をしているので、だまっておいた。境内の白い玉砂利は光輝き、空はどこまでも青く澄んでいた。
「ねえ、早くいこうよ。暑いって。」その声にふと我に返った僕は、振り返りせかすように僕をみるアキを眩しく見つめた。
「だいたいさ、なんでこんな暑い日に神社来るわけ。蝉がうるさいだけじゃん。」アキとは高校で知り合った。僕と同じ陸上部の短距離選手で、夏の合宿明けの今日、あの神社に無理やり誘ったのだ。今日じゃなきゃ駄目だった…。そう、今日はミツオの命日なのだ。あの日の帰り道、ミツオは交通事故に巻き込まれ、他界してしまった。四十五円について嬉しく話していたのに、バニラアイスが好きだったのに、あのミツオはもういない…。なあ、俺はあれから勉強、頑張ったんだぜ。お前が着たかった制服、陸上のユニフォーム着るために。いつも俺の前走ってたよな。勝ち逃げは卑怯だって。あの時より、俺、速くなったんだって…。お前が助けたあの子、元気だぜ。ほら、そこにいるだろ…。
「あ、ちようど四十五円ある。ラッキー。ずっと御縁があるってことかな。」アキは、甲高い声を出して喜んでいる。御縁か…。アキとの出会いも、ミツオとの別れも何かによって決められているのかな…。なんて難しいことを考えながら、財布をあけたら、ちょうど四十五円入っていた。アイツの声が聞こえた気がした。



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