第60期 #15

赤いマリオネット

 労働を終え、購入したレモンティーとチョコレートミントを口にしながら夜道を歩いた。夜間用に切り替わって点滅する二台の信号機の赤い眸が俺を導いている。点る、滅する、点る、滅する、点る、赤い微笑が俺を捉える、滅する、赤い猫の眼が音もなく闇に溶ける、点る、赤い網が放たれ俺はその中に捕らわれる、滅する、赤い尾を引いて何か女性的な視線が翻される、点る、赤い蕾が口を開き濡れた糸を艶めかしく垂らす、滅する、赤い血管の浮き出た腕が誘惑を残して扉の奥へ消える、点る、滅する、点る、滅する。その下で煙草を吸う老人が頭部から北斎の描く雨に似て細く尖った血の針を何百本も垂らし俺に踊るように話しかけて来た。おおお俺は死ぬんだ知ってるかししし死ぬんだ死ぬんだよそそそんなこと当たり前だって皆は言うけど死ぬんだよ俺は死ぬ死ぬししし知ってるか俺は死ぬ。操り人形のように笑いながら忙しない足でアスファルトを舐めずり回す老人は腔腸動物に近い遺伝子を持っている気がした。おおお俺はししし死ぬんだ。赤い糸に吊り下げられて老人は踊る。煙草の煙が血霧になって闇に紛れる。甘い薄荷の香が奥歯の隙間から冷たく漏れて俺を愛撫する。それをレモンティーで促し再び歩き始める。信号機が点滅する毎に恍惚と表情を変える遊れ女の赤い指先が俺を迎え入れる。



Copyright © 2007 藍沢颯太 / 編集: 短編