第60期 #14

擬装☆少女 千字一時物語14

 いい加減見慣れてきたけど、奴のその一言を耳にした瞬間、俺は絶望の底に叩きつけられ、しかし一瞬遅れて高揚感に包まれ、その差し引きで表情には何も浮かばなかった。無反応な俺に呆れた奴は俺のことを視界から外して、わざとらしく他の奴に声をかけた。
 俺と奴とは、控えめに言っても古馴染みだ。俺としては親友という言葉ですらどこかもの足りないのだが、それを言うと奴が渋い顔をするので、どうにか今は古馴染みという言葉で妥協させている。そんな俺が今になって、見慣れた、などと言われることには、根の深い訳がある。

 前々からのことだが、奴には悪い虫がつく。その都度俺があの手この手で駆除してやっていたのだが、最近は虫どもも進化してきて、しかも数が増えてきて、だんだん駆除が難しくなってきた。手強い虫になると、奴の正常な反応を悪用して奴が自ら自分の手中に納まるように仕向けてくる。こうなるとこれまで駆使してきた駆除方法のほとんどが使えず、しかもそういう虫に限って残された方法への耐性が強かったりする。しかし、奴を悪い虫の為すがままにする訳にはいかない。俺は新たな駆除方法を編み出さなければならなかった。
 虫どもの戦略は、あの手この手で奴を惹きつけようとすることだ。分析結果をそう纏めたとき、俺に勝機が見えた。古馴染み、何度言っても虚しい言葉だが、その古馴染みの俺は、最近になってたかってきた虫どもよりもずっと奴のことを知っている。何が好きでどんなことに弱いのか、誰よりも俺が熟知している。適度に締まった中背の身体、流れる水のような立ち居振る舞い、淡白だが静かに寄り添うような接し方、それらを知っている俺が、誰よりも強く奴を篭絡してしまえば良い。

 以来俺は、奴の偶像たるべく努めている。もちろん服装は奴好みの清楚な膝下丈のワンピースだし、シャンプーやリンスを替えて髪の量感を抑えたし、今日は化粧をそれとは見えない程度に淡めに変えてみた。そんな俺に、奴は最初の頃は露骨な嫌悪感を示した。それでも俺は諦めずに偶像たるべく研鑽を続け、その結果が、いい加減見慣れてきたけど、の一言だ。奴が俺のことを見ていることは、明白だと言って良い。
 しかし依然、奴についた虫は駆除できていない。手強い虫を駆除してやるためには、俺が奴の完全な偶像にならなければならない。そして奴に二度と悪い虫がつかないよう、俺が奴を完全に篭絡しなければならないのだ。



Copyright © 2007 黒田皐月 / 編集: 短編