第60期 #11

短編59期参加作家へのオマージュ

ブードゥー!

テディベアの目覚ましが朝になると女の声でブードゥーと叫ぶ。

「いい声よね」

隣室から姉が顔を出す。瓶のコーラを一気に半分飲んで、残りを俺にくれた。

「ね、ご飯たべよ?」

姉は気をつかってくれている。だけど俺、うまく反応できない。何も答えずテレビをつける。山中ザウルスの優勝会見のあと、教師が子供を閉じ込めて切り落とした指を犬に食わせるニュースがあった。世界も俺の人生も狂ってる。

ジャージのままアパートを出る。姉が何か言っているが聞えないふりをしていたら本当に聞えなくなった。階段を下りていると「やあ」と声がした。

「姉さんいるかい」
「ああ」
「おこづかいあげようか」

俺はカメレオン野郎から金をふんだくるように取って、走った。俺と同じくらいの歳なのに!

暑い。俺は公園にいた。ブルーシートのむせかえる臭いが落ち着く。ひまわりが俺のほうをみていた。死神が人間だったらこんな顔で近づいてくるだろう。

大きな犬を連れていた車椅子の老人をめがけて、子供が枝をなげつけているのを見た。俺は教師の気持ちがわかった。

グランドではおっさん4人がバドミントンをしている。羽根をたたくたびに「A」「U」と叫んでいる。あほだ。一人が俺の股間をみて「立派ネ」と言ってきた。やりきれない。でも俺も居場所がない。インターホンを押しまくりたい気分だが俺の押すべきインターホンが見つからない。

街を歩いた。佐賀の公立高校が甲子園で決勝に残った、とおばさんが喋ってる。関係ないのに嬉しくなってきた。ポケットの札たばを持って、駅へ。甲子園へ行くんだ。佐賀を応援するんだ。

球場は満員だった。俺はよく知らない奴らを全身で応援した。隣に座っていた女が「勝新太郎みたい」と俺に声をかけた。誰?

「携帯に水晶が宿ってるのよ、美しいでしょう?」
「知らねーよ」
「どうしてジャージ?」
「うるせえな。佐賀応援しろよ」
「佐賀なの?」
「埼玉だよ」
「頭おかしい?」
「おまえだろ」
「ねえ。梅田いかない?」
「なんで」
「ヤンセンの絵でもみようよ」

結局俺は試合も放って女と絵を観にいった。「哀切」という絵が気にいった。地獄に落ちていく俺のようだと思った。俺は一人ではなかった。女もなんかいい女だった。

花火の音が聴こえていたがビルが高くて見えなかった。そのかわり月がよくみえた。俺は女にキスしようとした。女はそれを制止して「こわい話をするわ」と言った。俺に怖いものなんてなかった。



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