第6期 #3
男の諜報作戦は、まさに大詰めを迎えていた。敵側情報はすべて手中にあるし、すでに脱出経路も確保している。
後はすみやかにこの部屋から姿を眩ますだけだ。
ところが、男が身の回りの整理を始めたまさにその時、ドアの向こうからノックの音が聞こえてきた。
「誰だ!」
と尋ねる間もなく、ドアを蹴破ってなだれ込んできたのは敵側当局の一団である。男は、たちまちのうちに銃器を持った数人に取り囲まれた。
「我々が君をこのまま逃がすと思うかね。盗み出した機密書類を今すぐ渡したまえ」
しかし、男は口の端に薄ら笑いを浮かべている。
「ほう、やっと私の正体に気がついたというわけか。しかし、ここで素直に従うわけにはいかない。書類はお前たちがわからないところに隠してある」
「拷問してでも口を割ってもらうぞ」
「ははは、私はプロだ。任務のためなら平気で死ねる男だよ」
と、次の瞬間どこからか「逃げろ!」という叫び声が聞こえたかと思うと、あっという間に部屋中が真っ暗になった。誰かが電気のブレーカーを落としたのだ。敵もパニックになったのか、互いがぶつかり合う音が聞こえる。
男は、その時床に弾き飛ばされていた。頭に激痛が走り、気が遠くなった。
再び意識を取り戻したときには、辺りはますます混乱していた。声と音が飛び交うだけの暗闇の中では、誰もが疑心暗鬼に陥らざるを得ない。
おそらく味方が助けに来てくれたのだ。チャンスは今しかない。
男はそう察すると、暗闇の中で身を伏せ、這いずりながら部屋の片隅に移動した。見えなくても諜報拠点として使用してきた部屋である。手探りで分かる。
床に隠した秘密部屋の扉を静かに開いた。もちろん、その中にこれまで収拾してきた情報も隠してある。外へ通じる抜け道もあった。
が、入り口から下に降りようとする男の肩を掴んだ者がいる。味方か、と思ったがそうではない。
「そこまでだ。この穴が隠し場所だな」
耳元で敵の氷のように冷たい声だけが聞こえた。いつの間にか暗闇の中の喧騒は消えていた。
男は動揺した。
「なぜ私の行動がわかったんだ。こんな真っ暗な中で……」
「実は停電は我々が仕組んだものだ。暗くなると同時に君は気絶していた。その間に罠をかけたのだ」
「罠だと?」
「書類はこちらに渡してもらう。そのかわり君にはこれを返すとしよう」
見えない中で男は手首を掴まれた。
その掌に握らされたものは、二つの柔らかい球である。