第6期 #2

トンネル

遠くで雷が鳴った。
雨はとうとう本降りになったようだ。私は冷たいコンクリートの壁に背中を預けるとホッと息を吐いた。

私が祖母の十三回忌のために八年ぶりに帰郷して二日。最後に懐かしい町並みを見て帰ろうと散歩に出かけた私は、ものの見事に道に迷い、当てもなく彷徨っている内に雨がぽつぽつと降り出したのである。
なんにせよ濡れ鼠にならなくてよかった。また一つ息を吐くと、私は暗いトンネルの中を見回した。廃線になった車両かなにかに使われていたのだろうか。まるで人気はなく、ただじっと沈黙に身を沈めている。それ程大きなものでもなく、巨大な一本の土管のようにも思える。奥の暗がりからは微かに硫黄かなにかの匂いがしたが、降りしきる雨にその匂いは霞んでしまっていた。
こんなところにトンネルがあったとは今の今まで知らなかった。私は意外とこの町のことを知らないのかもしれない。ふとそう思った。この雪深い地方の田舎町にさえ、文明の波は着実に押し寄せていた。知らぬ間に駅前には繁華街ができ、それなりの賑わいを見せていた。
なにか言いようのない喪失感を覚えるのはどうしてだろう。やはり故郷には昔のままであってほしいという、身勝手な願望がなせるものなのか。都心の大学に通うためにこの町を離れて八年。変わってしまったのは私の方かもしれない。ブランドもののスーツに身を固め我が家の表札前に立ったとき、私は家出してまた戻ってきた子供のような決まりの悪さを感じた。笑顔で出迎えてくれた母の皺にまみれた横顔が胸にズンと響いた。

母の顔に幾筋にも刻まれた縦皺を目にしたとき、私は不意に死というものを身近に感じた。死というものはこのトンネルのように、ぽっかりと口を開け、ここへ迷い込む者をじっと窺っているのかもしれない。そして迷い込んだ者を優しく暗い闇の淵へ誘うのだ。そう考えてみると眼前に広がるこの闇がなにか禍禍しい異界のように思えて、私は背筋に冷たいものを感じた。

気が付けば雨が上がっていた。私は掌だけをトンネルから差し出して、雨が完全に上がったのを確かめると、濡れた砂利を踏んで外へ出た。外は雨が上がった後のあの独特の匂いに包まれている。木の葉の上に残された雨の雫が磨きたての真珠のように輝いて、雨降りのささやかな償いをしているようだった。
そして私は何事もなかったように顔を覗かせた太陽に目を細めながら、また元来た道をゆっくりと下り始めるのだった。



Copyright © 2003 赤珠 / 編集: 短編