第6期 #14

心中月

「ねえ、本当に死ねるの?」
 仰向けに寝転ぶ二人の上から、静かに雪が降ってきた。
「うん。ちゃんと天気予報を見てきたから。携帯電話で最新の予報をチェックする?」
 ユウはコートのポケットの中を探った。
「いいよ。雪も降ってきたし。」
 エリは隣のユウを見て微笑んだ。小さな雪は、吐く息で地面にたどり着く前に消える。
「ねえ、死んだら――どうする?」
 エリは、深く息を吸い、高く白い息を吐いた。ユウは宙を見ながら答えた。
「セックスしようか。」
「エッチ?」
「その言い方は嫌いだ。だって、変態の頭文字のHなんだよ。」
「そうなんだ。でも、セックスは何度もしたじゃない。」
「死んでからの方がきっと、いいと思うよ。だって、シスターは生涯貞操を守るじゃないか。」
 あの世はすごいんだよ、とユウが言うと、エリはカラカラと声をだして笑った。
「本当はね、セックスの後、どうしようもないぐらい不安になる。あれが嫌だ。」
 エリは笑いをとめた。
「ユウは、私がいやなの?」
「反対。」
 ユウはエリの手を握った。
「エリの全部が好きだ。だから、ひどくもどかしい。もっと深く、奥に触れたいのに、この体が邪魔をして、いけない。」
 ユウの横顔を見ていたエリは、空を見た。ゆっくりとらせん階段を下りるように、雪は回りながらエリの頬に着地して、解けた。
「私、不安も、不満もないよ。」
 エリは目を瞑った。冬の空気と雪の軌跡を肌で感じる。
「死んだら不安はなくなるのね。」
 エリはゆっくりと、腕を引き寄せ、ユウの手の甲に唇をあてた。長いまつげが雪で濡れている。かじかんでいる手が少しだけ暖かくなった。
「君が好きだ。」
 ユウはもう片方の手で涙を拭った。
「うん。」
「好きだ。」
「うん。」
「ごめん。」
「うん。」
「好きだ。」
「うん。」
 エリはユウの手を握り返した。歯が噛み合わない。体が雪の中に沈んでいく気がして、強く手を握った。もう少しで感覚がなくなる。ユウを見た。目を閉じている。頬が緩む。エリも目を閉じた。
 冬空から雪が一片一片が舞いながら降りてくる。地表に降りる前に解けた仲間を弔うために、次から次へと雪は降りてくる。景色はほとんど白一色になり、あとは二人だけとなった。


 林道脇で凍死体が発見された。死亡した川村優美・佐伯絵梨子の二人は、同じ高校に通っていた。遺書はない。二人の両親やクラスメイトは、記録的な積雪の中、悲しみにくれている。



Copyright © 2003 坂口与四郎 / 編集: 短編