第6期 #13

竹林と太陽

 太陽をまともに見るのはやっぱりまぶしすぎて目をそらすと、傍らの竹林はかしこまった顔つきで太陽を見つめていた。
「ダメ、まぶしいって」
 何も答えない竹林をベランダにひとり残し、僕は部屋の中に戻った。まとわりつく黄色い残像がうっとうしくてたまらない。
 太陽を見よう、と言って竹林が僕の部屋に入ってきたのはついさっきのことで、うちは北側だからダメなんだ、と言いながら竹林はすぐベランダに出た。いきなりのことに僕が戸惑っていると、いつもわれわれは太陽のまぶしさゆえにまともに見つめようとはしないけどそのまぶしさの向こうに真理が隠されているんだ、と竹林は言って、まあ君も見てみろよ、と続けた。
 二秒で音を上げた僕は太陽の真理なんかよりマッハ大王の記録を更新することのほうが大事だったから、部屋に戻るとすぐコントローラーを手に取った。うまくいったのはスタートだけで、ひとつめのコーナーで大きく外に振れてしまったからすぐにゲームを中断した。太陽のチカチカのせいだ。
 しばらく目を閉じて残像を静め、気を取り直して画面に向かった。ノーミスで三周走りきったけど記録にはわずかに及ばない。ベランダに目をやると、竹林はまだ太陽をにらみつけているようだった。
「なんか見えた?」
「まだ」
 竹林は生クリームが大好きなクセにバニラアイスは嫌いだし、まるで刀を振るかのようにボールを投げるし、以前からヘンなやつだなとは思っていたが、ここまで妙な行動をとることはかつてなかった。いくら竹林でもこれはおかしい。
「なあ、なんかやなこと、あった?」
 竹林は急に背筋をピンと伸ばし、
「ないよ」
 と言った。
「ホントに?」
 しばらく沈黙があって、
「強いて言えば、江藤さんにふられた」
 と返ってきた。
「ああ、それで」
「別にそんなことは関係ない」
 迷惑そうな口調だったから僕は再びコントローラーを手に取ったけど、ゲームをはじめる気にはなれなくて、竹林の後ろ姿に目をやった。背筋はまっすぐ伸びていた。部屋の中に差し込む光が、僕のところまで届きそうだった。
「竹林、江藤さんのこと好きだったんだ」
「ちょっとな」
「そっか」
 僕がマッハ大王に戻ろうとすると不意に、
「あ」
 という声が聞こえてきた。
「なに?」
「今、一瞬、見えた気がする」
「何が?」
「真理が」
 太陽の真理を一瞬だけつかんだ竹林の背中を見ながら、江藤さんに告白するのはもう少し後にしよう、と僕は思った。



Copyright © 2003 川島ケイ / 編集: 短編