第59期 #9

シバタ坂のデンジャーゾーン

 黒いランドセルが二つ並んで歩いている。
「どこそれ?」
片方のランドセルが横を向いた。
「シバタ坂のとこだよ」
「シバタ坂?」
「ほら、駄菓子屋のシバタ。そこの坂だよ」
もう一つが横を向く。
「あー、あそこ。が、何だっけ?」
「デンジャーゾーン」
「デンジャーゾーンー?」
語尾を上げながら、ミノルが聞いた。
「何それ?」
「デンジャーゾーンはヤバいんだ」
眉間にしわを寄せながら、アンドウ君は言った。
「ヤバいって何が?」
「それは言えないな。とりあえず近づくなよ」
「何だよ、教えてよ」
「駄目だって、ANUに入らないと」
「エーエヌユー?」
また語尾を上げながら、ミノルが聞いた。
「俺らの、まあ何て言うの? チームかな」
「チーム作ってんの? へぇー、僕も入れてよ」
「テスト受けないと駄目だ」
「えーいいじゃん、ところで何でエーエヌユーって言うの?」
「安藤、西野、宇田川のイニシャルだよ」
「だせー、もっとカッコいいのにしなよ」
「だせーって言うなよ」
太陽の光を黒い革の表面が鈍く反射させながら、しばらくの間、二つのランドセルは並んで歩いていた。
 片方のランドセルの背が、もう一つのランドセルの方に向いていたときに、アンドウ君は聞いた。
「お前、もうデンジャーゾーンの話、聞きたくないの?」
片方のランドセルは振り返り、ミノルは答えた。
「えっ、だってチーム入らないと教えてくれないんでしょ? 入れてくれるの?」
「じゃあ、テスト受けないとな」
「何するの?」
両方のランドセルが横に向き、ミノルとアンドウ君は向き合った。
「じゃあ、今日から夏休みだろ。3時半に学校に集合な。宇田川と西野も来るから」
「わかった」
「テストに受かったら、色々教えてやるよ。うちの学校のこととかデンジャーゾーンとか、まだ全然知らないだろ」
「ありがとう、3時半ね。あっ、僕こっちだから」
「あ、そう。じゃな、佐倉」
二つのランドセルは別々の方向に歩いていった。

 こうして僕は、小学4年生の夏、転校した先の小学校でANUというチーム加わることになり、10年以上経っても、この4人は時々顔を会わせてはくだらない話をする仲になったのだが、僕こと「佐倉稔」が「ANU」に加わったことにより誕生した、この下品なチーム名は今でも僕らを笑わせてくれている。



Copyright © 2007 かんもり / 編集: 短編