第59期 #8

医者と死神の微妙な関係

「先生、ぼく、『しゅじゅつ』すれば、助かるんだよね?」
 真っ白な病室の中、無垢で大きな瞳の少年が私を見つめる。
「ああ。絶対に助かる、安心するんだ」
 私は小さな頭を優しく撫で、病室を出た。

 屋上への扉を開くと、白いシーツの海と、灰色の空が私を迎えてくれた。
 8月の天候の割りにはすっきりと晴れていない……まるで私の心のようだ。
「絶対に助かる、か……私は嘘つきだな」
 あの子の病気はかなり進行していて手術は、暗号を忘れた4桁のナンバーロックを外すくらいに難しい。

「でも、可能性はゼロじゃないんでしょ?」

 白の海の向こうに、黒のゴシックロリータファッションの愛らしい少女が立っていた。
 透き通るような白磁の肌と、風にサラリと流れる今時珍しい漆黒の長髪。
 彼女は『自称』死神。
「お前が本当に死神なら、あの子が苦しまないように……」
「今日は曇り……か。誰かさんの心が沈んでるせいね」
 少女はツンと、話を逸らす。
「あの子を死なせたいなら殺し屋にでも頼みなさいよ。そしたら、この灰色が青色に変わるわ」
 少女は天を指差しながら文句を言う。
「天気が悪いのは私のせいじゃない」
「全部あなたが悪いのよ。分かるわよ、だってあたし神様だもの」
「無茶苦茶な」
「そう?」
 少女は小さく笑ったあと、真顔を見せる。
「手術……あなたを信じてくれた人を裏切っちゃダメよ」
 そう言って、ぽんと俺の背中を叩く。
「そうだな……」
 不思議と心が落ち着いた。

 途中、何度もダメだと思った。出血がひどく、手の震えが止まらなかった。
 少年は私を信じて自分の命を託したのだ。私はその期待に応えなくてはいけない。
 だから私は、最後まで諦めなかった。

 そして……手術は無事終了した。

「屋上からの景色が眩しいわ」
「なんだ死神か」
「うんうん。死神さんだよ」
 少女は嬉しそうに俺の傍に寄ってくる。
「本当に死神なのか?」
「そうよ。あたしが仕事しないから人が死なないの」
「職務怠慢だな」
「……でも、今回は誰かさんが頑張ってくれたお陰かな?」
 いたずらな瞳に私が映る。
「なぜ、助けてくれた?」
 死神なら人を殺すのが仕事だと思う。
「だって命って重いし、それに……」
 私をじっと見つめ、黙り込む。

 死神と医者ってのは案外相性がいいかもしれないと思った。



Copyright © 2007 佐々原 海 / 編集: 短編