第59期 #7

逢魔が時

「悪がどんなものか、知りたいのかね?」薄暗い路地裏の片隅で、僕のことをセールスマンだと思っている車椅子の老人のその質問に、僕は胸をときめかせた。「ぜひ、教えてください」老人はにやつきながら言う。「おまえさんにその資格はない、なぜなら、おまえさんはまだ悪ではないからだ」僕も口を横に開いて、その後縦に開いた。「悪ではないから知りたいんですよ」「いいや、世の中には知らないほうがいいことだってある。おまえさんが悪を知れば、世界から悪が一つでも消えると思うかね?」「思います、なぜなら、そうならないようにするからです」「はっは、それは無理だ。なぜなら、悪は繰り返すからだ。悪を知ること、それは最初の一回目なんだよ」「何もしてないのに、ですか?」「そうだ。だからテレビのニュース番組なんか見るんじゃないぞ。最近じゃ、凶悪な事件ばかりだからな」「そんなこと言ったって、毎日のように見ていますよ」「だったら、わしに訊くまでもなかろうが」「いいえ、あなたの悪が知りたいんですよ。あなたの思う悪が」「なんでそんなことを訊くんじゃ」老人はなにか恐ろしいものでも見るような表情で僕を見た。「あなたの思う悪、それはあなたが行った悪に他ならない。つまり、あなたは罪人なのです。罪を贖うにはあなたの魂が必要です」僕はビジネスライクにそこまで言って、つい鼻で笑ってしまった。「まさか、おまえは」「レギオン。人の罪を知ってる。あなたが最も恐れている存在。さあ、魂を」「やめろ、よせ! わしは何もしていない」「あなたがさっき言ったじゃないですか。悪を知ることが一回目であり、繰り返すと。あなたはいろんな悪を知り、行ってきた。そう、いろんな悪をね。秘密を棺桶に持って入ろうとする連中に目にもの見せてやるんですよ。そうしないと、ゴミはいつまでたっても減らない。あなたは今、罪を贖うことができるんですよ。こんなにすばらしいことが他にありますか?」「しかし、魂を取られる!」老人はもう正気ではなかった。車椅子の車輪はわだちにはまって動かなかった。僕はとうとう口で笑ってしまった。「はあはは! それが悪行の報いじゃないですか。往生際が悪いな。それに僕にとってこれは仕事なんです。たいていの人間が善人づらして働いてるのと一緒です」そう言い捨てて、僕はその老人の魂を取った。そうだ、みんな一緒なんだよ。特に悪が善人づらで行われる点において。



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