第59期 #4

忘れられた昼食

大きなノックの音に気付いて目を覚ましたのは午後の1時だった。昨夜は久しぶりに深酒をしてしまったせいで意識が朦朧として記憶が曖昧模糊としている。先程より威嚇的なノックが2回。溜息を付いてベッドから身を起こす。チャイムは鳴らないようにしている。強迫神経症のようなものであれを繰り返されると僕の頭は幾分混乱してしまうのだ。
扉を開けると同じように草臥れたジャケットを羽織った二人の男が立っていた。銀行員は銀行員的に見えるのと同じく僕はすぐに彼らが警察官だと認識した。僕はデニーズの店員と同じくらい警察官が嫌いだ。だがそれを声明したところで彼らがそそくさと帰ってくれる訳もない。
大柄な方の男(タイはしているが第一ボタンは外れている)が話しもう一人が記録係に徹した。以前一度調書を取られる機会があったが僕はあれも嫌いだ。デニーズの店員の注文の繰り返しと同じくらいに。
まず僕はこの一ヶ月の間彼らに身辺調査をされていた。彼らは僕が義父の死後銀行に多額の入金をしていることも僕の携帯の通話記録も僕の大体の生活サイクル(そこにはハル子が家に来た回数も含まれていた)も把握していた。そして僕は正直に答える。入金した記憶はないし通話履歴の中に一つだけ知らない番号があると。他の番号群を見て僕は唖然とする。まず素面では掛けられないような僕の過去がそこにはあった。
記憶にないという返事に意外な位彼らは冷静沈着に対応した。普通なら凄みを利かせるものだろうが。
精神科医を以前から受診していることも彼らは熟知していた。そして僕に幾分の障害があることも。
「貴方が記憶がないと仰るのならばまあ今の段階ではそう信じることにしましょう。貴方は勝新ではない。」そう言うと記録係がクスッと笑ったが僕には全然笑えなかった。
結局僕が入金した口座の名義人と知らない携帯番号の持ち主は共にホームレス達の名前で登録されており彼らの居場所は掴めていないし知ったところで核心に辿り着くには時間が必要だということだった。よくあることです。大柄な男が当たり前のように言う。
「それが私が義父の殺害を依頼した一つの仮説になるのは当たり前ですよね。」
「まるで他人事のように貴方は仰る。でもまあいいでしょう。我々は我々のやり方で掘り下げていくだけです。もしかしたら貴方もふいに思い出すかもしれない。」
「昨日の昼食も思い出せないのに?」何となく挑発的な発言をしてみる。



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