第59期 #25

ぷらなリズム

 ネットに飽きて夜空を見上げると、満月がまるではんぺんみたいにふわふわ白かった。そのままふわふわ見ているうちにふわふわ体が沸き立つ心地がして俺は気づくと何かふわふわしたものに置き換えられていた。
 腹が空いた気がしたので冷蔵庫を漁ったら凍った鶏肉が出てきた。切って焼こうと包丁を入れたら手が滑り、鶏肉は切れず自分の指がぽふんと転がった。特に痛みもなく切り口がふわふわと盛り上がってきた。どうやら再生の兆しらしい。指を拾ってみると同じようにふわふわ動いているのでちょっと気味が悪かった。切り口から指が三日ほどでふわふわ再生した。こんな生き物を俺は知っている。プラナリアだ。
 ネットの掲示板に「プラナリアになりました」とスレを立ててみたら、三日で百ちょっとのレスがあった。大まかな傾向は「切って写真をうpしる」「氏ね」「俺は○○(その他の生き物)に鉈よ」そしてキャッチとかワンクリとか関係ないカキコでまあ四等分というところだった。「プラナリア」でググッてみたら、頭の尖った白いなめくじのようなプラナリアが、胴体の半ばまで唐竹割りにされて、双頭になって復活する前後の姿を写した二枚の画像を見つけた。俺が立てたスレでは「銀杏切り」だの「かつらむき」だのと無責任な書き込みが幾つも来ていたけど、やればできると言われたって、はいそうですかとやってみる気持ちになんてなれない。
 一週間がたち、切った指の方もふわふわ俺になった。とろとろ眠たげな目もたぷたぷの腹も俺そのものだった。俺達はてれてれと夕方に起き出しては、夜じゅうネットやらテレビやらほけほけと過ごし、夜明け前に何かもそもそ腹に入れて、敷きっ放しの蒲団にへろへろ転がって眠った。消費者が二倍になって、僅かな蓄えはみるみる減っていく。仕事の人間関係で自分がコマ切れにされるのは嫌だけど、通帳の残高がとうとう三桁になって仕方なく俺達は働くことにした。月曜、じゃんけんで負けた相棒がバイト先への初出勤を飾った。一日交替だから明日は俺の番だ。仕事はコピーとか、書類の破棄とか、要するに雑用だった。
「シュレッダーが、無闇に元気なんだよ」
 ひん曲がったネクタイ(俺が結んだ)をぎこぎこほどきながら奴はいう。俺は強力な回転で書類をばりばり噛み千切るシュレッダーの前で、ネクタイを絞めておどおどびくびく書類を裁断する明日の自分を思い浮かべた。今度の仕事も長続きしそうにない。



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