第58期 #5

贖罪

「どうせ毎日なんの味気もない仕事を繰り返してやがるんだろうよ。そんな連中に何がわかるっていうんだ。脳内の電気信号が一方向にしか流れない、それが本当の病気なんだ。君は病気じゃない、大丈夫だ。バカどものことなんか考えなくていい。でないとミイラ取りがミイラになってしまう。いいかい?」僕は病院のベッドに横たわっている男の子に向かって優しく言った。男の子はまぶたを半開きにしたままだが、ものすごいはやさで目が動いていることがわかる。「いいかだと? 貴様がやってきたことを思い出すがいい。卑しく、汚い心を持った人間、それが貴様だ。よく憶えておけ、貴様のしたことはみんなばれちまってるんだよ。見ているやつなんか居ないとでも思っているのか? いい所なんかこれっぽっちもありゃしない。貴様は悪なんだ。わかったらとっとと消えろ。ここは貴様の来るところではない、去れ!」男の子は体は動かさないが、語気を荒げて言った。僕は少し焦っていた。なぜなら、男の子の言ったことは十中八九当たっていたからだ。僕は今まで一体何をしてきたっていうんだ。真面目に人生を過ごしてきた。真面目に? そうだ、真面目に過ごしてきた。そうじゃない思い出が仮にあったとしても、脳が自動的に消しているはずだ。僕は真面目なんだ。入院してしまった生徒の男の子に担任として何も言わないわけにはいかないんだ。「大丈夫だから、ね、連中のことなんかほうっておこうよ」男の子は少しにやついたように見えた。「連中を恐れているのは貴様のほうだろうが。まったく、どうしようもないいかれ野郎だ。自分の責任を他人に押し付けようとしていやがる。貴様は罪深い悪なんだ。連中にはそれが手に取るようにわかっている。毎日どんなに単調な行動を繰り返しているとしてもな」僕は体中に石のような冷汗を感じた。「そんなことはないよ。みんな自分のことしか考えてないんだ。君のことなんかまったく気にもとめてないんだから。大丈夫さ」男の子の目の動きは一層はやくなったように見えた。そして言う。「いつまで知らないふりをするつもりなんだ。どんな罪を犯そうが逃げきることなんか絶対にできない。貴様がここにのこのこやって来たようにな。貴様の腐りきった脳が憶えていないと言うのなら、何度でも教えてやる。貴様は悪だ」「違う! 君は悪じゃない、闘うんだ!」「は! 贖罪は貴様が悪である限り成し遂げられない、永遠にな!」



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