第58期 #22

部活動生22

 大学生の僕は今年で二十二歳になるが、部活に参加するため、今日も高校のグラウンドを目指す。既に新入生は集まっているだろう。やる気に満ち溢れているようで、こちらも嬉しい。
 学校に着き、部室に入る。すると、隅に部員が数人、体を寄せ合っていた。どうやら一枚の書類に群がっているらしい。
「あ、おはようございます」部員の一人が僕に気付いた。
「どうしたのそれ」
「高体連のプログラムですよ」
「ええ、ちょっと見せて」
部員の手から書類を受け取ると、そこにはずらずらと選手の名前や学校名が記されていた。ああ、ついに、と僕はいささか興奮しながらページを捲った。僕が出場するはずの種目を見つけ、目を走らせる。他校の強敵が嫌でも目に付く。しかし、なぜか僕の名前はどこにも無い。
「あれ? 俺の名前は?」
少し焦りながら振り返る。部員たちは、無表情で僕の顔を見据えていた。
 その時、扉の向こうに母の姿を見つけた。僕は部員を押しのけ、母の元へ走った。
「ねえ、俺の名前が無いんだけど」
「だって、あなたもう二十ニ歳じゃないの」
母はゆっくり、言った。
「高体連は、高校生の試合よ」
「じゃあ大学は? インターカレッジは?」
「とっくに退学になったじゃない」
母は急に語調を速め、そう言った。鋭く、耳にグサリと突き刺さるようだった。
 そうなのか? 
 地面に座りこむ。
 そんな、気が付かないほど、時間というものは凄まじいスピードで過ぎ去るものだったろうか。何かを考える暇もなく、感じる暇もなく。
 そうかもしれない、と思った。とにかく、ここは僕の居場所ではなく、もう昔に戻れはしない。
 泣きそうになる僕を、母は無表情で見下ろしていた。

 バチっと弾けるように、その瞬間、目が覚めた。心臓が冷たく脈打っている。
 大きく息を吐き、汗を拭いながら時計を見ると、八時を指していた。アラームをセットし忘れたらしい。もういちど時間を確認して、僕はベッドから跳ね起きた。今日の部活は隣町の競技場で行われるのだ。
 慌ててジャージに着替え、壁に掛けたスパイクを引っ掴み、転げ落ちそうになりながら階段を下る。途中、食パンを一斤ほど失敬する。その勢いで玄関を飛び出し、自転車に跨った。勢いよくペダルを踏み出し、猛スピードで隣の床屋の角を曲がる。このまま飛ばせば、ギリギリで間に合うだろうか。風に煽られながら、コンビニの角を曲がる。
 その時には既に、夢のことなど頭から消えていた。



Copyright © 2007 壱倉柊 / 編集: 短編