第58期 #20

Dreamer

天井の隅はまだ黒くくすんでいた。
その上は兄の部屋なのだが、兄はこの所、友人と旅行に出かけている。
兄の部屋への出入りは堅く禁じられていた。その禁を破ることは、谷底へ身を投げるに等しい。
さて、今日も僕は白い花に水をやる。家の周りにある2800の白い花に、一つ一つ丁寧に。

もちろんこの作業は1日かけて行われる。つまり、僕は白い花に水をあげるためだけに生きているといっても、過言ではない。
空には虹が架かっている。3本架かっている。
なんて平和で、緩和な生活だろう。と、僕は思いを馳せる。
隕石が落ちてきて、虹を2本、かき消した。なんて平和な生活だろうと、僕は思った。
1370、花に水をやったところで、僕は隕石の落ちたところへ向かうことにした。

隕石の落ちたところはクレーターになっていた。そこからはすでに湯気が立っている。温泉だと、すぐに僕は気がついた。指を温泉に浸す。
僕はその好奇心の所為で、大火傷を負った。なんて愚かなんだと、自分で自分を罵った。
家に帰って、大火傷した指を気にしながら1371本目から水をやり始める。
なんて平和な生活だろうと、僕は思った。

2650やり終えると、僕は家へ戻った。
そこには見知らぬ猫背の男がいたので、玄関に置いてあった金槌で殴った。男はいとも簡単に死んだ。老人だった。
男の死体を引きずって、庭に埋めた。少し臭気が漂うのは、男を殺したから出るものなのか、この男の元々の体臭なのかは判断できなかった。男の体臭だな、と、僕は男の断りなしに勝手に見当をつけた。

天井の隅は依然として黒ずんでいた。やはり気になる。僕に備わった天性の好奇心は、谷底へ身を投げることを選んだらしい。
僕は部屋に兄がいないことを知りながら、いないなら入るよ、と冗談めかした演技をしながら、扉を開いた。
部屋が、真っ黒だった。
そこには兄がいた。右手には包丁が握られている。左手の手首から上はなかった。と思っていたら、部屋の隅に転がっていた。
なるほど天井の黒ずみは、この所為だったのだ。兄は旅行など行っていない。この部屋で、死んでいたのだ。
僕はそう見当をつけると、兄の死体を引きずって、庭に埋めた。死体からは何の臭いもしない。流石兄。
2651本目の花に水をやるため、僕はじょうろに水を汲んだ。
男と、兄を埋めた場所にも、水をかけてやった。明後日には、鮮やかな、真っ白な花を咲かすだろう。

なんて平和な生活だろうと、僕は思った。



Copyright © 2007 群青 / 編集: 短編