第58期 #2

ねがいごと

「狐は油あげが好きなのよ。だからお供えするの。」
帰り道、近道をして神社を通ったら、ふとそんな会話が聞こえてきた。買い物帰りだろうか。茶色い紙袋から結構大量の油あげを取り出しながら、母親らしい人が幼稚園位の子供に説明している。今時着物を着た女性というのも珍しい。子供も、紫陽花のような色の着物を着ている。
「ねえねえ、お母さん、そうすればお願いきいてくれる?」
「そうよ。沢山お供えしたら、必ず願い事をきいてくれるの。ほら、ヨウコもお供えしなさい。はい、これ。」
どうやら親子らしい。油あげをもらった少女は、不思議そうな顔をしている。何気無い会話を聞きながら、僕は親子の後ろを通り過ぎようとした。夕日が差し込む境内には、僕の影と親子の影が石畳に映しだされて…ん?そこで僕は違和感を感じた。影がない…。親子の影がない…。確かに僕の影は地面に映っているのだ。じゃあこの親子は一体…。そんなことを考えているうちに、後ろを通り過ぎた僕は立ち止まり、恐る恐る振り返った。親子は急に消えるわけでもなく、母親は熱心に稲荷さんに手を合わせている。が、やはり影はない。
「ヨウコの病気が少しでも良くなりますように。」
「えっと、ヨウコは、自分の子供に逢いたいなぁ。お母さん、帰ろうよ。もういいよ。お腹すいたよう。」
はいはい、わかりましたよ。母親は袖を引っ張る娘にそう答え、名残惜しそうに社を見て、不思議な顔をしている僕の横を、軽く会釈をして通り過ぎた。お兄ちゃんさようなら。ヨウコも可愛い笑顔で僕に挨拶をした。ごくごく普通の風景だ。考えすぎなのだろう。第一、影にこだわる僕がおかしい。昨日見た漫画の影響かな。そんなことを考えながら行き先を目で追っていたら、「ヨウコ」が何かを落とした。気付く様子もなく、僕も声をかけるタイミングをのがしてしまい、親子は角を曲がってしまった。なんだろう。幽霊の落し物かな。なんてことを考えながら拾った僕は、思わず驚嘆の声をあげてしまった。それは母の形見のかんざしそっくり…いや、同じものだ。そういえば、僕の母は葉子である。病弱で、僕を産んで他界した。あれは、母だったのだろうか。ふと、子供の頃の記憶が蘇った。母親に逢いたいと、だだをこねた僕を見かねて、祖母が大量の油あげを買い込み、僕とここに来た。
「そうよ。沢山お供えしたら、必ず願い事をきいてくれるの。ほら、ヨウイチもお供えしなさい。はい、これ。」



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