第58期 #1

葬列

「この分だと明日は雨ですかねえ」
 振り返ったがスーツ姿の男は地面を向いていた。棺は前方で斜めに傾いでいる。
「墓地までは遠いんですか?」
 だらだらと葬列は続いていた。大抵の人は飽きることを恐れるように、手近な人や物に向かって話し掛けている。
「遠くもなく、近くもなく。ただあることはあるんでしょうね。皆さん向かってるようだから」
 横を歩いていた太った男が喋り出した。なんとなく気の利いたことを言われた気がして、私は彼をぶん殴った。
「雨が降ればいいのになあ」
 再び振り返ると、スーツの男はバイク用のジェットヘルメットを着けているところだった。私は靴を履き忘れてきたことに気付いた。しかしもう自分の家がどこにあるのか思い出せなかった。メキシコの夏をこさいだような風が地面の塵を巻き上げる。ミミズがちぎれて黒くなっていて、蟻が集っていた。
「ノアの大洪水のハナシ知ってます? 人間に絶望したはずなのに人間を残すなんて、神様も大分キちゃってましたね。後悔を後悔で洗うとは、ひでー話だ。でもま、とにかく何もかも流しちゃうってのは、コレ、気持ちいーんだろうなあ」
 彼は喋りながら浮き輪を広げて、空気を入れ始めた。輪型が途中でちぎれて、数字の3の形になってぶらんとしていた。
 前を行く痩せた婦人に追いついた。ハンカチで瞼を拭っている。零れ出ているのは灰だった。
 道がけっこうな坂になり、息切れがしてきた。棺はさらに傾いだ。胸の中では紙風船がぺこひゅこと動いて、私の五臓に○| ̄|_←こういう形の血球を送っている。
「まだ遠いんですかね」
 婦人は写真を取り出して眺めていた。
「息子が死んだんですよ。可愛い子でした」
 写真の中では少年が死んでいた。
 先頭の集団はどうやら墓地に到着したようだ。棺は傾いでもうほとんど垂直になっていた。彼らは墓穴に入って行った。葬列はにわかに活気付いた。押し合いへし合い、私も墓穴に入るのに夢中になった。背後で忘れられた誰かの棺が音を立てて倒れた。



Copyright © 2007 藤田揺転 / 編集: 短編