第57期 #6
雅樹はテーブルの上に携帯電話を置いた。
「誰?」と台所から妻の真紀が言った。
「いたずら電話だよ。非通知設定だからおかしいとは思ったんだけど。電話口で、はぁはぁやってるやつ」
「聞いていてあげれば良かったじゃない」真紀は台所から笑って言った。
「そういえば」雅樹は不意に、昔何度もかかってきたいたずら電話のことを思い出した。
「昔さ、毎日毎日いたずら電話をかけてくるやつがいたんだよ。それも、その頃の彼女といるときにきまってさ。女の声で、あなた今浮気してるでしょうって」
「本当に知らない人だったの?」
「なんだよ、疑ってるのかよ。本当に覚えのない相手だったよ」
「着信番号は出ていたんでしょう? そんなに毎日かかってきてたんなら、かけなおしてみればよかったじゃない」
「かけなおしてもみたよ。番号は表示されてたからね」
「相手はなんて言ったの?」真紀は雅樹の正面の椅子に腰かけて言った。
「電話に出たのはどこかの知らないおじさんだったよ。それで、毎日あなたの番号から電話がかかってくるんですが、って言ったらさ、そんなはずはない、って言うんだよ。自分は一人暮らしだし、誰にも電話なんか貸したりしないってさ」
「それじゃ、その相手は存在しなかったてこと?」
「まあ、そういうことになるね」
「でも、電話は確かにあったのよね?」
「あった。そのときの彼女もそのことは知ってる。一緒にいるときにかかってきてたからね」
「そう、いつも一緒で仲が良かったのね」真紀はトゲのある口調で言った。
「なんだよ、そんなことで妬くなよ」
「わたしの性格知ってるでしょ?」
そう言うと、真紀は黙り込んでしまった。
真紀の人一倍嫉妬深い性格は今始まったものではなかった。雅樹は、ふうっと大きな溜息をつき、椅子の背にもたれかかった。
そのとき、テーブルの上の携帯電話が鳴った。
雅樹は携帯電話を手に取った。着信表示には、「真紀」と表示されていた。
「出ないの?」
真紀は黙って雅樹を見ていた。
雅樹はしばらく迷ってから、通話ボタンを押し、携帯電話を耳にあてた。
「ねえ、私本当に嫉妬深いのよ」それだけ言うと電話は切れた。
雅樹は真紀を見た。
「私って、本当に嫉妬深いわね」
真紀は微笑んでいた。