第57期 #23

擬装☆少女 千字一時物語12

 女装して、自転車に乗ってみたい。
 我ながら、変な執着だと思う。何しろ、俺には女装趣味はない。女になりたいとも思わないし、女のように在りたいとも思わない。そうには違いないのだが、どこかで見た、しかしそのイメージはイラストのようなものだから実は漫画で読んだだけなのかもしれない、やわらかい陽射しの下を緩やかに自転車で走る淡い色の少女の姿が、俺の脳裏から剥がれずにこびりついている。それだけならばそれほど珍しいものでもなく、俺もそれを数えるのが面倒になるほど目にしてきたのだが、これぞ、と心に響いたことは一度もなかった。そのうちにイメージに対する憧憬が俺の中に生まれたのかもしれない、いつしか俺は自分がそのようになってみたいと思うようになっていた。
 自転車は、毎日乗っている愛車がある。女装一式も、入手した経緯は問わないでほしいが、靴まで含めて、ここにある。必要なものは揃っているのだが、しかし俺はそれをなかなか実現できずにいる。
 普段の俺は、自転車をかなりの速度で運転する。走り出しではほぼ必ず立ち漕ぎで一気に加速して、全力に近い速度で目的の場所まで疾走する。抜かされることよりも抜くことの方がはるかに多いし、そのときに対向車がいた場合でもその間を縫うようにすり抜けて走り去ってしまう。それは急ぐからではなく、そうしなければ気が済まないからなのである。しかしそれでは駄目なのだ。
 そう思った俺はその前の段階として、女装の姿でただ歩くだけということを試してみた。意識して歩調を抑えて、ゆっくりと緩やかさを目指して、俺としては努力してみたのだが、一目で知人に見破られてしまった。その歩き方はお前しかいない、と言うのである。言われてみれば、ついて行けないからもう少しゆっくり歩いてほしい、ということをしばしば言われる俺なのである。俺の言うとおりにしてみろと笑った彼と一緒に歩いていた間は他の誰にも見破られなかったのだから、俺のしぐさには余程の癖があるのだろう。
 だから今俺は、女性のしぐさを勉強している。密かに、と言いたいところだが、普通にしているときでもしばしばそれが表れてしまい、知人からは気味悪がられてしまっている。別に女になりたいとも思わないし、女のように在りたいとも思わない。それなのに、そんな目にあってでも俺は未だに女装して自転車に乗りたいと思っているのだから、我ながら変な執着だと思うのである。



Copyright © 2007 黒田皐月 / 編集: 短編