第57期 #21

おともあち(1000文字版)

 妻を迎えに駅の改札へ向かうと、娘の真奈が「ぱすも!」と掲示物を指差す。
「すいかねえ、かーいいから、ぱすもとおともあちなったんだよ」
「そうだね。お友達なったね」
 ピンク色のロボットらしきキャラクターと、ペンギンとが、手を繋いで飛んでいるのを、娘は満足そうに見ている。

 PASMOの発行が決まったとき、妻が私に皮肉を言ったのだ。
「パスネットはアンチJR同盟だったけど、これでやっとJRも仲間にしてもらえたね」
 なあに、と問う幼い娘に、カードを2枚差し出す。
「こっちは、地下鉄も東横線も東武線も乗れるの。でもJRは乗れないの。こっちは、JRしか乗れないの」
「とーぶどーぶつこーえん」
「Suicaじゃ、行けないの」
 妻はペンギンの絵のついたカードを娘の顔の前に突きつけた。そのカードを、ひょい、と横に動かす。娘の視線がそれを追った。
「これじゃ、動物園、行けないの」
 はい、とパスネットを娘に渡す。娘はペンギンのほうが欲しいに決まっている。案の定、みるみるその目に涙が浮かんだ。
「ぱぱ……」
「パパのペンギンさんあげるからね」
 泣きついてくる娘のために財布を出しながら、私は視線だけで妻を批難した。
「パパがもっと、いいもの作ってくれたのよ」
 涼しい顔で妻は言った。それでわかった。私に花を持たせようとしているのだ。正確には、PASMOの開発には関わっていない。それでも、その普及に不可欠であるICカード対応型自動改札機の設置とメンテナンス、それが、私の仕事だった。

「おかあさんきた!」
 娘の声で、私は回想から引き戻された。妻が改札機に財布をタッチしてこちらに歩いて来る。娘は私の手を離し、妻のほうへと駆けて行った。
 母親に抱き上げられながら、幼い子供はまたくりかえす。
「すいかねえ、かーいいから、おともあち、なったんだよ」
「そうだね。じゃあ、真奈ちゃんもかわいいから、お友達なれるね」
「おともあち?」
 妻は娘を降ろし、中空に3つの円を描く。妻の発想の豊かさには、かなわない。
「Suica描いて、PASMO描いて、真ん中に真奈ちゃん」
「あー!」
 娘が私を振り返る。
「ぱぱ、まなちゃんおともあちなった!」
 笑顔で駆け寄り、私の足にしがみつく。全身で喜ぶ姿は、まさにトトロのメイちゃんだ、といつも思う。
「おかえり。行こうか」
「イコカ?」
「それは西日本」
 娘の頭をなでながら、合言葉のように返すと、妻がクスッと笑った。



Copyright © 2007 わたなべ かおる / 編集: 短編