第57期 #20

仮面には裏側がある そしてそれは鏡張りになっている 当然のように、それは歪んでいる

 クレアは今日も、嵌め殺しの大きなガラス越しに「外」を眺めていた。そんなクレアを見て、マイケルはガラス窓付きの地上邸を購入した事を後悔している口振りになって、趣味を作らないといけないよ、と諭すのがこの二ヶ月続いていた。クレアは決まって生返事で、日毎目線の方向は変わるものの、地下に下りていって社会に触れようと行動を起こす事はなかった。一月前、子供でもあればと夫婦で新生児局へゆき申請したが、早くても半年後になるという返答だった。
 「外」に魅入られるのは特に珍しい事ではない、と医者は言っていた。我々人間には、触れられないが知覚できる物事に対して入れ込む性質があると。例えば恋愛の衝動のような……。
 即効性の解決策はなかった。



「……という夢を見たんだ」と僕は妻に語った。
「すみません、お愛想」妻は席を立ちながら財布を手に取ると、恨めしそうに見つめていた僕に向かって「聞いてたわよ。でも話半分よ。どうせ夢の話でしょ」
「じゃあ、現実の話をしよう」通りを歩きながら僕は妻に提案した。「子供を持つんだ」
 妻は足を止めた。「婚前契約は破棄しないわよ」そして歩き出した。「絶対」

 妻は不倫している。そして僕から財産を絞り上げようと画策している。僕は夢を見る装置を開発した。夢診断の専門家がみんな廃業するような、平明な夢が見られる装置だ。といってもこれは財産とは関係がない。財産は父から継いだものだから。

 二億六千万ドルを持って妻は出て行った。ガラス窓付きの地上邸は僕だけの城になった。一ヵ月後、妻が、いや、クレアが戻って来た。
「子供がいるの」
「僕の子?」
「あたりまえじゃない」
 当たり前じゃない。僕は生まれてこの方、新生児局へ足を踏み入れた事がないのだ。



 目を覚まし、装置を停止させると、マイケルはクレアの様子を見に行った。相変わらず「外」を眺めている。家にいてばかりじゃ、と言う前にクレアが言った。「子供は嫌い?」
 一瞬胸が詰まった。息を軽く吸い込み、しばらく溜め、もう一度息を吸い込んで、マイケルは答えた。「嫌いだね」
「ありがとう」クレアはマイケルを見て言った。「その言葉が欲しかったの」

 それ以来、事態は良い方向へ動き始めた。マイケルは装置に頼る回数が激減し、再び勤めにも行き出した。
 クレアは、窓ガラスの前で独りマイケルを待つ時間が減り、購入してから一度も使っていなかったオーブンをようやく使った。



Copyright © 2007 三浦 / 編集: 短編