第57期 #17
人間の若さなんて人生を十センチの数直線にしてみれば、ほんの二センチ程度しか無い。
宇宙単位で考えてみれば、一瞬の出来事だ。
私はいつか若さを失う。
それが怖くて仕方が無い。
「蝶の寿命ってどのくらいだと思う?」煙草の煙を嫌がる私に気を使ってベランダのバルコニーに座り込んで煙草をふかすサトウに何気なく訊ねる。
「え?いきなり何だよ。んー。一週間?」
「そんな長いっけ?蝶って。」
「まぁ、どっちにしろ蝉よか長いっしょ。」
「何でそう思うわけ?」
「別に理由とかねぇけど。」
どっちにしろ、蝶の方が人間より幸せなんじゃないだろうか。
綺麗な羽を持ったまま老いを迎えることなく動きを止める。私にとってはこの上なく羨ましい事だ。
できるものなら今ここで息を止めたい。髪も眼も、肌も唇も輝きを持ったまま終りたい。
こんな事を望むのは贅沢なのだろうか。
「あのさ、」暫く沈黙が続いた後、サトウが静を断ち切るように声を零した。ぼうっと天井の一点を見つめ寝転んだままの私は、「何」と短く返した。
「いや、お前学校行かなくて良いわけ?さすがに親も心配するっしょ。」
「心配しないよ、あいつら。別にあたしのことは気にかけてないから。」
「お前帰ったほうがいいって」
「嫌だ」
語尾強く言った為か気の弱いサトウはそれ以上干渉してこなかった。
バイト先で出会った年上の恋人のサトウの家に転がり込んでから昨日で二週間になるが、親や学校からの連絡は未だ無い。
私が不登校になる理由も家を出ているのもきっと大人には理解できないだろう。
いや、理解など求めていない。
今は何をすることも無く、毎日を変化無く過ごす。
蝶と私との決定的な違いがそこにある。
「案外蝶の寿命って長いのかもしれないね。案外」
「そうか?」
「あたしの、寿命は長いと思うけど、今この時間ってたぶん一瞬」
「一瞬か…その大切な一瞬をこんなところで潰してて良いわけ?」
「いいの。」
言葉を続けようとしたけれど、言葉を紡ぐ事すら勿体無い気がした。
私は重く体を起こしてバルコニーに座り込むサトウに歩み寄り、体を後ろから抱き締めた。
サトウは吸いかけの煙草を地面に押さえつけて、私の腕に手を添えた。なぜだか心の奥に空洞が出来てそこからいろいろな感情が漏れてるようで、虚しくなった。