第57期 #12
少女の住む所には、古くから伝わる行事があった。
真冬の夜、狐の面を被った人の行列が提灯をかざし練り歩く。そして一行は、お施行だよ、お施行だよ、と呼びかけながら稲荷社を詣で、狐の好物とされる赤飯と油揚げを竹皮に包んで置いて帰るのであった。
この行事を狐施行と呼んだ。
その昔、冬の寒さに困窮した狐は人里へ下りて人をばかしては暖をとり餌を盗んでいた。それを見兼ねた人々が狐の好物を与えてやったのがはじまりとされた。
今夜はその狐施行の日であった。
少女の父は白装束を身に纏い、代々一家に一つ受け継がれていく狐の面を紐でくくりつけた姿で玄関の戸口に佇んでいる。
綿の敷き詰められた木箱にひっそりとしまわれているその面は、白塗りに目が朱色で縁取られている。少女は見るたびに背筋にひんやりとしたものを感じた。
狐になった父は提灯に明りを灯す母をただ黙って見つめている。狐の面を被ったら人間の言葉を話してはならないのだった。少女はそれが本物の狐のようで怖かった。
狐はいってくるというように提灯を軽く掲げてみせると、夜の闇へと繰り出していった。
少女はその後ろ姿に黄金色の尻尾を見た。
お施行だよ 狐や出ておいで
お施行だよ もう悪さはしないでおくれよ
お施行だよ