第56期 #8

suddenly I

 義父が何者かに射殺された。使われた銃はトカレフ。至近距離から放たれた銃弾は彼の頭を粉々に吹き飛ばした。果たしてその事件と昨日の僕への謎の電話との間に繋がりはあるのか。もし僕が秘密結社にでも義父の殺人を依頼したのだとすればそれは全くのお門違いだ。義父には9つの時に引き取られてから本当に良くしてもらった。殺意などある筈がない。葬儀は親族だけで内密に執り行われた。本来は何百人もの弔問客が訪れる筈の義父の突然の逝去と彼が取締役を務めていた製薬会社(戦後のGHQ支配下時から義父は一代で会社を東証2部上場にまでのし上げた)の今後の経営施策に身内は動揺していた。マスコミもその動向に注目していた。ただ僕だけを除いて。通夜の後携帯を見るとハル子から着信が入っていた。いつもなら無視を決め込むのだがその晩は妙に気分が高まっていた。電話を掛ける。すぐに出た彼女としばらく話をするうちにようやく彼女が先日メモを渡してきた受付嬢だということに気付く。彼女はメモ通りに《触れられたら私どうなっちゃうのだろう》乱れた。こうやって何の恥じらいもなく悶える姿を上目遣いで見ながら僕は二つの精神の同調などありえないのだと反芻してみる。
「すごく刺激的だった。だけど新堂さんこの前と別人みたい。いやに無口なのだもの。」
「いやに無口って僕は一体君にどんな電話を掛けたのだろう?」
「覚えてないの?」
「全く」
ふうん、でもまあ良いや。ずっと新堂さんとはこうなりたかったし。そう言うと彼女は僕の腕に身を絡ませてくる。かなり鬱陶しかったが僕はそのまま彼女を受け入れる。
「酔っていたんだ。それで記憶がプッツン」
「酔ったら一体どんなになるの?今夜なんていきなりホテル直行だし今度飲んだ新堂さんを見てみたいな」
「義父が殺されたんだ。それで明日が葬式。誰が彼を殺したのか。それとも依頼者があってのことか。僕には何が何だかさっぱり分からない」
そう言って隣を見るとハル子は昔付き合っていたTバックの女に変わってすやすや寝息をたてていた。
 葬儀から数日後義父の遺書が京都の別荘(昔の遊郭を改築したものだ)の簡易金庫の中から見つかった。そこには今後の会社経営の在り様が事細かに書かれていた。
 そして僕に残された遺言はただ一つ。
〈幾ら金銭を使っても構わない。但し決して労働をしてはならない。貴君の労働が幾許でも認められた場合この遺言はただちに効力を失う〉と。
 



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