第56期 #24
二階屋ほどの山となっている瓦礫を円形に囲んだそれぞれの人が、桶と柄杓を手にしている。
まずは、唄。
りらりらと ほどける糸が
森をゆく あなたのたよりでしょうか
みごもった子を たたいたのは
あちらのゆくえが 知りたいから
そうして、瓦礫に水。
こうして、およそ二時間後に地の底から音調があがってくるという。私はそれを見物にきたのだった。
桶の水を空にした人々は、円は崩さぬまま、その場で思い思いに食事を始めていた。私も近くの家族に誘われたので、輪に加わった。そこの老人の言に因れば、彼の子供の頃には食事など以ての外、平伏して待っていたらしい。しかし参加する者もこれでは大変だというので、四十年ほど前には今のような形になったそうだ。由来についても語ってくれた。王墓の生贄となったツナマグサノヨイチヒノ他百名が、三十三年の歳月に渡って地の底から災厄の訪れを知らせてきたという伝説から、「死者の声を聴く」という、この行事が始まったという。
二時間後。
円の中の数名が、持っていた瓦に小石を打ち合わせ、それらを瓦礫に向かって放り投げた。この半年で家族の亡くなった者が、故人の気を蓄えている各家の瓦と、あの世へとそそぐ津名川に雪がれた小石を献納する事で、子孫の居所を伝えるという意味合いがあるらしい。死者は今、地上へと這い上がってきている。
円から外れ、私は再び部外者となった。
少しして旋律が始まった。それはたわいない、水音の反響だった。その連続が、何かしら旋律のように聞こえるのである。
その死者の音調に合わせて、唄が始まった。
よいとこさ よいとこさ
柄つかめ 足ふんばれ
よいとこさ よいとこさ
顔あげれ 歯くいしばれ
よいとこさ よいとこさ
それに足踏みがつき、手拍子が加わる。合唱は反復する。
この伝説の真意は、地の底に封じられたも同然の扱いを受けた氏神が、三十三年もの間王権と戦った事を示したものだろう。表立って王権に逆らう事の出来ない氏子は、祭と称し、密かに氏神に酒(水)を振る舞い、恨みのある者は河原(瓦)に送って(仇を討って)欲しいと泣いた事だろう。やがて酒のまわった氏神は、唄をうたい、戦への士気を高めたのかも知れない。そこは、氏神と氏子がひとつになれる貴重な空間だったはずだ。
私は首に提げていたカメラを構え、現代の氏子をフィルムに収めるべく、シャッターを切った。