第56期 #23

二つの一周忌(1000文字版)

 まだ年若いのに伴侶を亡くした知人へ、何とメールしたものか、迷う。一報を送り、その返信を読むと、一年が過ぎても気持ちは落ち着いていないようだった。ある程度は予想していたが、さて、これ以上どんな言葉を送ろうか。
 それほど親しいわけではない。むしろ、知人の知人。しかし偶然とはいえ、彼女が未亡人になる数日前に私はその夫妻に会っていた。引退した上司の葬儀という、なんとも奇妙な場面で。私が入社する数年前に寿退社した彼女とは初対面だった。ただ、彼女の同期である先輩達から、名前くらいは聞いていた。
 上司の葬儀のあとに簡単な挨拶を交わした十数名の集まりの中、彼女の後ろに遠慮がちに立っている彼を、かえって強く意識していた。まさか数日後に見送ることになるとは。あまりにも薄い関係。それでいて、忘れることのできない記憶。妻の紹介を受けて軽く会釈する姿が、何度も再生される。それ以外、私が彼について思い出せることがない。
 けれど、小さな工場という職場の性質上、上司の葬儀に参列した女性は、彼女と私だけだった。だからその数日後の葬儀で、喪主を務める彼女に声をかけるのは、私の役割だった。葬儀のあと、メールを送り、返事をもらった。何度かメールのやりとりをしたものの、一ヶ月を過ぎる頃にはそれも途絶えた。会社に欠かすことのできない存在だった上司の一周忌に、再び数名が集まったが、彼女が欠席だったので、久しぶりにメールを送った。
 返信メールを読み、数行の返事を書いてみる。小説を書くより、ずっと時間がかかった。最後に、食事に誘う文面を書いて、送信を思いとどまる。確か一年前にも、「落ち着いたらお食事でも」と書いたはずだ。だがこの一年間、彼女から連絡はなかった。私など、頼る関係ではない。それはそうだろう。だが、他に誰か、いるのだろうか。いるならいい。いないからこそ、一年という時間が経ったとは思えないような返事が来るのではないかと憶測する。
『工場の近くに、久休というおいしいおそばやさんがあると聞いたのですが、まだ行ったことがありません。今度行ってみようと思います。渡辺さんは、久休、ご存じですか?』
 ではまた、と結ぶ直前の文章を、そう書き替えて、送信する。
 ご存じですか、今度行ってみようと思います、ではなく。
 今度行ってみようと思います、ご存じですか、という語順。
 そんなものには、意味などないかもしれないと思いつつも。



Copyright © 2007 わたなべ かおる / 編集: 短編