第56期 #17

擬装☆少女 千字一時物語11

 満月の夜の僕には注意しなければならないと、人は言う。曰く、ルナティックフェノメノンだと。曰く、異形に化すると。
 今日もまた、月下に写る僕の影に出くわした知人が、天を仰ぐ。

 口数の多さは寂しさの裏返しだと、人は言う。曰く、家でも喋り続けているのではないかと。曰く、ひとりになったら泣き出してしまうのではないかと。
 すべて違う。僕はただ、人の知識、思考、感性を教えてもらいたいだけだ。それによって知らなかったことを知り、考えたこともなかったことを考え、感じなかったことを感じることが出来るようになり、それが世界をもっと素晴らしく見せてくれるからだ。
 特に。女の子の感性は僕の視野を大きく広げた。ひとつの物事がある。それまでの僕はそれを手持ちの懐中電灯で照らして、それがあることがわかれば良いとしていた。しかしそこに幾つもの広い光源が加わって、見たこともなかった像が目に映ったとき、僕は涙を流した。そこにあるものを押し返すのではなく引き込むようなそんな感性を、もっともっと僕のものとしたい。

 しかし。ときに僕は絶望する。僕が求めるものはずっと遠くにあって、結局それは女の子にしか持ち得ないものなのかもしれない。もっと素晴らしいものが見たいのにと、落胆する。僕も女の子だったら良かったのにと、羨望する。女の子になれたら良いのにと、希求する。
 黒いキャスケット、黄色いシワ加工のロングシャツ、ベージュのボーダー柄キャミソール、ブーツカットのデニムパンツ、ダークブラウンのウェスタンブーツ。せめて姿だけでも、女の子に。そんなときは決まって、満月の夜だ。ほの明るい月夜を、静々と散策する。
「こんばんは」
 両足をそろえ、両手を前にして、微笑む。出来得る限り、女の子に。
「え……。そ、そうね」
「綺麗な月夜ですね。こんな夜は、静かに物思いにふけっていたくなりますね」
 口をパクパクさせている知人に会釈して、散策を続ける。その後ろで、空を見上げた知人が、また満月か、と呟いた。

 そのうちに。今度はこの姿に絶望する。姿を似せても、言動を似せても、女の子になどなれはしない。所詮、そんなことなど出来はしないのだ。そう思うと、僕はもうそこに居たたまれなくなる。家に帰り、服を脱ぎ、泣き濡れて、そして眠る。
 繰り返す絶望の中、それでも僕の視野は広がっていると、信じて良いですか。そう誰にともなく問いながら、僕は眠りに落ちていく。



Copyright © 2007 黒田皐月 / 編集: 短編