第56期 #16

月を目指す

 いまいるその場所から頂上を目指しはじめること。いまいるその場しのぎの快楽を求めつづけること。その2つの積はイコール限りなく0に近づきつつも月を目指しその先を求める。その力は僕の全力疾走なんかよりずっと苦しく純粋で、だから彼女も惹かれたのだと思う。今思えばだが。

 その頃僕らは週3は彼女の部屋で、週3は僕の部屋で、残った1日は宛てもなく車で走った先の車の中で泊まる、という生活を続けていた。きっかけは彼女だ。どちらかの家に生活が偏るのは勿体無い、できるかぎり公平に、満遍なく、効率的にお互いの所持する場所と物と生活習慣を利用、使用、吸収する、つまりはお互いとお互いの過去と現在をイコールにするための儀式を始めようと言い出したのだ。残る1日はぶっちゃけまあ余ったからなのだが、いわゆる思い出作りってやつだ。二人で同じ場所にいながらも同じ別の場所に移動する、という経験同期による人生に於けるデュアルカタパルト?モノよりオモイデ?ともかく僕らはそれを楽しいと思ってやっていたし、それがその先、光のレールのように闇の先を照らしてくれるものだと信じていた。のが1年前だ。ちなみに今の僕は週7日僕の部屋に1人で泊まっている。既にそれがあたりまえでこの先もずっと続くものなのだと現実感と共に実感している。まあ実際はずっと今のこの部屋に住み続けることなどできて数年なんだろうなとは分かってはいるんだけど。でも今のこの生活は今の僕にとっては永遠なんだ。ちなみに彼女の居場所は知らない。この世界にまだいるのかどうかすら知らない。でもこれも勝手な実感ではあるのだけれども彼女は元気だ。今も何処かで月を目指している。僕には分かる。



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