第56期 #15

わたしとWATASHI

 スタイルなんか気にしない。まわりからなんと言われようが私は私。これが私のライフライン。
 今年で30歳になる私に気持ちの変化がおきたのは、弟のタカシと二人で私の部屋でケーキを食べているときだった。
 ちょうどその日の夕方、普段はあまり話さない4つ年下の弟から電話があった。
「もしもし、おねえちゃん。今夜あいてる?」
「あいてるけど? どうしたの急に?」
「ほら、おねえちゃん彼氏と別れたばっかりだし、今夜一人っきりなら、僕がお相手をしてさしあげようかなと思ってさ」
「お相手?」
「誕生日、誕生日」
 タカシの一言にハッとする。
 誕生日……ここ何年もの間必ず誰か? いや、彼氏が祝ってくれていた。
 考えてみれば、ヒロユキと別れて1ヵ月が経ち、自分の誕生日のことなどすっかり忘れていた。きっとタカシからの電話がなければ、今年の誕生日は一人で過ごしたに違いない。普段あまり会話をしない弟は、私のことを実はよく見てくれているのだとあらためて感じる。

 タカシが家にきたのは午後7時を少し回っていた。
 私は、タカシとの電話のあと大急ぎで買い出しに行き、手巻寿司に必要な食材とタカシの好きな銘柄のワイン、それと恥ずかしかったが、100円ショップでクラッカーや、ピエロがかぶるような三角のハットを買い、家路につくとすぐさま用意にとりかかったのだ。
「おっ、手巻か、いいね」
「タカシの好きなワインも買っておいたから」
「いいねえ」
「あとさ……クラッカーと、こんな帽子もかっちゃった……はずかしいね」
「何で! いいじゃん。じゃおれ帽子かぶるよ」
こんな会話のやりとりのあと、タカシの好きなワインで乾杯をした。
「タカシ……ありがと」
「何言っちゃってんの? だけどさ、たまにはいいよな、こういうのも。あとさ、おねえちゃんは少し肩の力抜いて生きたほうが楽だと思うよ!」
 私は目頭が熱くなり、こぼれ落ちそうな涙を必死で堪えていた。
 ライフラインなんて結局いらないのだと思った。
 そして私が思うことがそれなのではなく、私を取り巻く環境、友達、兄弟などすべてがライフラインとして日々の私を支えてくれているのだと。



Copyright © 2007 心水 涼 / 編集: 短編