第56期 #14

ねこにゴハン

 ねこにゴハンあげたい。
 痩せた、でもできるだけ身奇麗なのらねこがいい。
 そいつは座っていて、後ろ足のかたっぽを舐めて毛づくろいしている。
 ぼくが近づいていくと、ぴくりと顔を上げてこっちを見る。
 ぼくがねこから2メートルくらいの所にしゃがもうとすると、すたりと飛び起きて反転して、こっちの様子を伺う。
 ぼくはどっかから小さいお皿とねこのゴハンをとりだして、しゃがんだぼくの膝から手の届くだけ離れたところに、できるだけそっとそれを置く。
 ねこはぼくの動作の一部始終をじっと見つめている。
 ぼくは膝を抱えて、ぼくの親しみオーラがねこに届くように、やさしい気持ちとはどんなものだったか、体が思い出そうとするのを感じている。ちょっと目を背けたりも、する。
 ねこはゴハンをじっとみている。
 間。
 ねこは再び座って、今度は股を広げて毛づくろいを始める。
 ぼくは、ねこはお腹がすいていないのかしらんと思い始める。
 再びの間。
 ねこは突然顔を上げて、あらぬ方向をじっと見つめる。ぼくもそっちを見るが、路上。風に梢が揺れている。さわさわ。
 ねこが動くので見ると、股の所をもうふた舐めして立ち上がった。にゃあと鳴く。ぼくの方は見てない。ひとりにゃあだ。
 ねこはななめに歩いて、途中で止まって、自分の前足をちょっと上げたまま注視して、ぺろっと舐める。足を置いて、地面の匂いを嗅いでいる。アスファルト。
 ねこはふたたびにゃあと鳴き(今度はこっちの足元を向いてる)、お皿に近寄って匂いをかぐ。くんくん。
 たべ始める。
 安心して、ぼくは自分の体がふわっとわらうのを感じる。
 タバコでも吸おうかと思ってポッケを探るけど、しゃがんでるので取り出せない。ぼくはねこに気を遣いながらそろそろと中腰になる。ねこはたべるのをよして、じっとぼくを見る。
 タバコに火をつけて煙を吐き出す。ふぅっ。ねこはぼくから目を離し、座ってお腹のところの毛づくろいをやりだした。お腹は白いね。
 ぼくは二口目を鼻から吐き出し、顔を上げて空を見る。白く曇っている。小鳥が飛んだり鳴いたりしている。ぱたぱたぱたっ。ちちちち。チュン。ちゅん。
 ねこはまたゴハンをたべだす。ぼくはもう全身がやさしくなっていて、鼻をこすって、満足の小さな溜め息をつく。タバコの煙がふわっとして、湿ったような風が撫ぜていく。
 ねこはゴハンたべてる。



Copyright © 2007 藤田揺転 / 編集: 短編