第55期 #7

頼むから僕からの電話には出ないでくれ

 酔っ払ってからの電話癖がついたのは一体いつ頃からなのだろう。自分では全く覚えていない。発信履歴を二日酔いの朝眠たい目を擦って見ても何もなし。着信履歴はもう何日も前の覚えのあるものだ。七年ほど昔に会社勤めをしていた時には履歴サービス(いついつに何処に電話を何分かけましたよ)を仕事上利用していたのだが今はそんなサービスは受けていない。通話時間がどれくらいで幾らかかりましたという請求書がポストに入っているだけだ。誰に掛けたなんてことは分からないし(幾らでも調べようはあるのだが)発信履歴が見事に一つもないのはいかがなものか。自分で削除しているのか。泥酔し混濁した意識の中でさえも翌朝にそれを見て後悔するのを危惧してのことかそもそも自分に電話癖があるのかどうかさえ分からない。自分は通帳を持っていない。通帳記入してもたもたしているおばさんの姿に生理的に嫌悪感を感じるのだ。だから自分はカードのみで済ませる。半年に一度ほど明細が送られてくるがそんなものは見ずに捨てる。それだから実際の所勝手に引き落とされる電話料金には興味はないしそれで生活が破綻するほど逼迫した生活を送っている訳でもないので独り身の自分としてはさほど気にもならない。
 今朝出社すると受付の女が小さなメモを渡してくる。エレベーターの中でそれを見る。
〈昨晩はとても素敵でした。電話だけであんなに感じるなんて触れられたら私どうなっちゃうんだろう。今度飲みに誘って下さい〉はてな。携帯のアドレスをチェックする。さて彼女の名前は何だったっけな。思い出せない。無数の名前が携帯を塗りつぶしている。
 先日は昔別れた女が突然自宅に訪れてきた。
〈あなたがあんまり私のお尻の型を褒めてくれるから今日はとっておきのTバック履いてきたのよ〉すぐさま女を追い出す。この気違いが!と女は叫んで去っていった。
 昼休みの食事中に着信音が鳴る。電話にでる。
〈昨晩の一件ですが本当に今夜実行に移しても良いのですね。お宅が後で知らん振りでもされるとこちらでも何らかの対応は取らさせていただかなくてはなりませんのでね。一応確認のため。〉全く相手が何を言っているのか皆目見当がつかない。覚えても無い電話の記憶。そんなことを考えているうちに蕎麦がのびてしまう。ここの蕎麦は絶品なのだ。面倒くさくなり電話を切る。すぐに着信音が店内に鳴り響いたが自分はそれを無視して蕎麦を啜り続けた。



Copyright © 2007 公文力 / 編集: 短編