第55期 #4

火星と小さなトスカネリ


 今日は黒猫と火星見学に行った。ママには内緒で。
 水星には小さい頃行ったけど、火星は初めてだった。
 お金が無いので、お隣の星から眺めるだけ。
 ガラスにひっついて、できるだけ火星の近くにいけるようにした。

 きれいだねえ、と黒猫が言った。なので僕もそっちょくな感想を述べた。
「僕、火星って燃えてるのかと思っていたよ。」
 黒猫は僕を見上げて、ふむ、と頷いた。そして口を開く。
「燃えてないとも限らないよ。」
「でも燃えていない。」
「でも燃えてるかもしれない。」
 僕は首をかしげる。この頭のいい黒猫は、時々むつかしい事を言う。
「誰かが信じればイエス・キリストも神になるみたいに、
 君が信じれば火星は燃えているのさ。」
 黒猫は聡い目で火星をガラス越しに見つめた。
 僕は黒猫を上から見つめる。
「…でも、僕それじゃあただのへんなこだ。」
「そう。君がそう思うなら、それでいいんじゃない。」
 黒猫はガラスに背を向けた。そしてすたすたと4つの足で素早く歩いていってしまう。
 僕は待ってよ!と言いながら黒猫を追いかけた。
 展望ロビーは人がいっぱいで、ともすれば小さな黒猫を見失ってしまいそうだった。
 僕は小走りになりながら、ガラスの方を振り返った。ガラスの向こうには、大きくてきれいな火星がある。
「(僕がしんじれば、)」
 僕は前を向き、大分前に行ってしまっている黒猫の姿を見つけ、走った。
「ねえー、今度はもっとお金をためて、火星にお泊りしようよ!
 またふたりで、内緒で来るんだ!」
「嫌だよ、今日だって帰ったら絶対君のママにどやされるよ。
 それ覚悟で一緒に来てあげてるんだから。」




Copyright © 2007 千乃明ちよ / 編集: 短編