第55期 #30

窓拭き魔、現る

 ――《スカイタウン》には黄色の窓拭き魔が出る。
 そんな噂がその新興住宅街と隣接する商店街《青空通り》一帯に広まったのは、そよ風に葉桜の揺れる四月半ばのことだった。
 曰く――田中さんが留守の間に宅へ忍び込んで、氏の自慢の大きなガラス窓を拭いていた。
 目撃例がこの一件だけなら、窓を拭くために田中氏が人を雇ったのだと言えば済むだろう。しかし、
「鈴木さんとこにも黄色の男が出たらしいぞ」
「ウチにも来たわ。誰にも頼んでないのに」
 証言を総合するに、件の男は一人ではないらしい。黄色の繋ぎを着用した髭面中年男の二人組。一方は恰幅が良く、もう一方は痩せ。そう、世界的に有名な配管工兄弟の配色を変えれば彼らになる。
 神出鬼没な様子から当初は「幽霊では」と疑われた二人だが、実在の人物である証拠に彼らの仕事ぶりは完璧だった。彼らの仕上げた窓ガラスは水晶の輝きを魅せる。

 数日を経て彼らの《作品》の数が二桁に達する頃には、界隈で二人を知らない者はなくなった。黄色兄弟の所業は、いまや窓拭きだけに限られなかった。
「雨漏りしとった屋根がすっかり元通りになったわい、ふぉ、ふぉ」
「いやぁ、自転車のチェーン、油が切れてたんだけど……」
「荒れ放題だった児童公園の花壇、さっき行ってみたら素敵なお花畑になってたのよぅ」
「おぉ、私の髪が、私の髪が……」
「別居していた妻が戻ってきてくれたんです!」
 喜びの声が上がる一方、二人の正体が分からないためか不安に思う住人も出てくる。
「田中さんの窓と佐々木さんの屋根の件は不法侵入じゃないですか」
「いくら掃除だからって、他人の持ち物を勝手に触ったら器物損壊になるんじゃないのか」
「泥棒に入る家の下見をしてるんじゃないかしら」
 しかし、大勢の見方は兄弟に好意的だった。
「器物損壊なものか。こんなに綺麗にしてもらって、いったい何の文句があるっていうんだ」
「んー、泥棒といっても……あの黄色装束じゃ目立ってしょうがないでしょ。体格にも特徴あるから服を替えてもバレるだろうし」
「ふぉ、ふぉ、ワシの家に盗られて困るもんなどないわい」

《青空通り》の片隅に真新しい黄色の看板が出現したのは、それからさらに一週間を経た月曜日のことだ。

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 いまや東証一部に上場を果たし、全国八〇〇余店舗を展開するブラザーズ・チェーン。記念すべきその一号店の開業であった。



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