第55期 #28

彼女はパラボイド

 俺は彼女の家に来ていた。
 だけども彼女は、俺に見向きもしないんだ。

 洗ってない食器が適当に台所に積まれていて、どこからか生ゴミの臭いがする。
 1LDKの借り部屋は、壁や天井がシミだらけで、その中のひとつが人面痩に見えた。
 中身がぎっしりの冷蔵庫の隅からは、さっきからずっとゴキブリの気配がする。
 俺のCDが無いと思ってたら、こんなところに落ちてやがった。
 しかもケースがひび割れて、そこにポテチのかけらがかかってる。
 おまけに歌詞カードにコーヒーをこぼしているから驚きだ。
 人の物は大事に扱えって、小さい頃教えてもらわなかったのか?

 それにしても。

 お前はいつまでテレビを見てるんだ?
 どうせまた、大物女優が不倫したりするだけのドラマだろ?
 ほーら、どこかで見たことあるストーリーだ。ついでに役者もな。

「それがいいんだよ」

 お前は言う。
 その間も、テレビから目を離さない。
 まるでスクリーンに重力で引き寄せられてるみたいに、前のめりになって口をぽかんと開けて。
 そんなお前に何を言われても、まるで心に響かない。

「面白いんだから」

 ああそうだな面白いよ。
 今のお前の面見てると、嫌でもおかしくなってくるぜ。
 そうか、だからか。だからこの部屋には鏡がないのか。そうだよな?
 俺が来てるってのにテレビばっか見やがって、お前は本当にどうかしてるぜ。
 お前みたいなのを廃人って言うんだと。お前の大好きなテレビがこの前言ってたぜ。

「お前、本当に壊れてるぜ」

 俺は言った。
 俺が言った。

 お前は答える。
 相変わらず画面を見つめたままで。
 お前はまるでそれを何とも思っていないかのような調子で、俺に答える。

「壊れてるのは、冷蔵庫だよ」

 そう言われて、俺は視線を再び、中身がぎゅうぎゅう詰めの冷蔵庫へと向けた。
 ゴキブリの気配が消えている。タンスの裏にでも移ったのかもしれない。

 しかし、そうか。
 だから、変な臭いがしてたのか。

「そうだよ」

 お前は答える。
 聞いてもいないのに、お前は答える。
 なんだ、俺が考えてることも、ちゃんと分かってんじゃねえか。

 だけどやっぱりお前は変だ。
 本当に頭、どうかしてるぜ。


【END】



Copyright © 2007 シュガー / 編集: 短編